835 牛食いの黒竜王
ボク達はグランド皇帝に一旦ゴーティ伯爵の城に行くと伝え、宮殿を出る事にした。
まあゴーティ伯爵の城に行った後に元ヘクタール領のラガハース領に向かい、その後でこのグランド帝国を一旦出るとしよう。
ボク達は全員で飛行艇グランナスカに乗り、ここから南西のゴーティ伯爵領に向かう事にした。
この王都からゴーティ伯爵領は徒歩で2週間強、馬でも1週間少しはかかる距離だ。
だがこの飛行艇グランナスカなら、一日あればゴーティ伯爵領に到着する。
本来ならマップチェンジスキルでここにもワープ床を作る事は可能だが、もし下手にグランド皇帝が敵になってしまうとそのワープ床を攻撃の拠点にされかねない!
そう考えるととてもここにワープ床を作るわけにはいかないので、このグランナスカでゴーティ伯爵領に向かう方が良さそうだ。
自分で飛んだ方が早いと言っていた黒竜王ヘックスだったが、一度便利に移動できるとなるともうそれを言い出さなくなった。
今は獣人の姿で鼻ちょうちんを出して寝ている。
どうやら寝る事で魔力が回復するらしいが、寝すぎだろ!
コイツ、最近一日の大半を寝ている。
まあ下手に起きてて周りを壊すよりはマシだけど……。
それを見ている大魔女エントラ様とアンさんが呆れている。
まあ彼女達も黒竜王ヘックスを起こす気は無さそうだ。
そしてボク達はその日の夕方にゴーティ伯爵の城に到着した。
伯爵はボク達を快く迎え入れてくれた。
「皆様……よくお越しくださいました。さて、それでは私の歓迎の歌を……」
「ゴーティ伯爵様、それよりお話したい事が」
「そうですか……仕方ありませんね。おや? そちらの方は?」
「俺様はヘックスだ、ユカ達の仲間として旅をしている」
ガチャン!
ヘックスの名前を聞いたゴーティ伯爵がお茶のカップを落としてしまった。
「へへへへへへ……ヘックス!? ヘックスですって!??? まま、まままさか、あの伝説の黒竜王!?」
普段冷静なはずのゴーティ伯爵があり得ないくらい取り乱して驚きに変顔をしている。
「そうだ、俺様が黒竜王ヘックスだ。ユカ達に助けられた恩を返す為に一緒に旅をしている」
流石にここまでくるとゴーティ伯爵も冷静さを取り戻したようだ。
「ユカ様にはいつも驚かされますから、もう慣れたつもりでしたが、まさか伝説の黒竜王を連れてくるのは流石に想定外でした。しかしまさか伝説の黒竜王とは……」
「何だ、俺様はそんなに有名なのか?」
「有名なんてレベルじゃありませんよ! 今でも子供達ですら伝説の黒竜王ヘックスの名前を知らない子はいませんから」
まあそれもそうだ。
英雄バシラの仲間としての黒竜王ヘックス、もしくは世界を敵に回して封印された黒竜王ヘックス、子供は伝説の仲間、大人は世界の敵の黒竜王としてこの世界で名前を知らないわけがないレベルだ。
「ユカ様、ヘックス様、くれぐれもこの土地に黒竜王ヘックス様がいるなんて事を漏らさないでください。知られたら大騒ぎになってしまいますから……。
「うーむ、俺様はこの辺りでも有名なんだな。しかし俺様この場所で暴れた覚えはないんだがな……。何故そんなに俺様の名前が?」
「ヘックス様は牛三十頭喰らいの怪物としてこの辺りの民話に出てきますよ」
「あ、そういえばそんな事をやった覚えはあるな。確かフワフワの呪いを解く為の方法を探していて腹が減った時に見つけた牛を全部平らげた覚えはある」
一体何やってんだコイツは?
それを聞いたゴーティ伯爵が笑っていた。
「まさかそんな事だったんですか? 伝説では人間の生贄の代わりに三十頭の牛が供えられたというのは?」
「そんなの覚え無いぞ。単にその辺にいた野生の牛を腹が減って全部平らげただけだ。
なるほど、牛食い三十頭の話は後世に脚色されていたのかもしれないな。




