808 邪悪なる軍勢の進軍
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プライドを失ったテリトリー公爵の変身した魔獣はバグスに頭を下げ、命乞いをしていた。
「無様だなァ。あれだけ偉そうな態度をとっていたのが、実力差が分かった途端にこのザマかよォ。まるで会社が傾いた大会社のブラック企業の社長だなァ!」
バグスの言葉には深い怨嗟が感じられる。
実際このテリトリー公爵みたいな奴はバグスが一番嫌うタイプだ。
弱い者に当たり散らし、強い者に媚びる事大主義と呼ばれるタイプ。
ハッキリ言えばプライドだけで生きているのでそれを失った途端誇りも何もない雑魚に成り下がる。
そういう連中は自身の筋が通っていない為、途端に強者の言うがままに動くだけだ。
「はい、何とでも御呼び下さい。私は貴方様の下僕です」
屈強な魔獣の姿になったはずのテリトリー公爵がバグスに何度も地面に頭を叩きつけて忠誠の態度を見せようとしている。
その姿は滑稽で無様としか言いようがない。
「まあいいさァ。それじゃァキミにやってもらう事を言うよォ」
「は、はいっ。何でもお申し付けください」
「そうだなァ。キミにはユカと戦ってもらうかァ」
「ユカ……ユカだと……アイツさえ、アイツさえいなければ……!」
今テリトリー公爵が世界で一番憎んでいる相手がユカだ。
彼にとってユカさえいなければ、この国の貴族秩序がメチャクチャにされる事も、空帝戦艦アルビオンを失う事も無かった。
――つまり、今のテリトリー公爵の地位の瓦解は全てユカが招いた事だと彼は逆恨みしているのだ。
だからバグスの下僕になった後でもユカへの恨みで血が煮えたぎりそうなくらいに激怒している。
「ハハハハハ、キミがもしユカを倒せたら元の姿に戻してあげるよォ。それまではせいぜいその姿で頑張る事だねェ」
「ご主人様、私はこのままの姿で構わないです」
「おやァ? キミは人間に戻りたいんじゃないのォ?」
テリトリー公爵の魔獣が笑い出した。
「ハハハハハ。このような素晴らしい恐怖を与えられる姿を何故また脆弱な人間の姿に戻さなくてはいけないんですか? この姿で恐怖を与えればより多くの苦しみを与えてやる事が出来るのに!」
テリトリー公爵はバグスに貰った魔獣化の力を失いたくないようだ。
この姿なら多くの彼が大嫌いな一般庶民を自らの力でいたぶり、楽しめると考えたのだ。
まあ弱い者いじめの大好きな下衆の彼そのものと言える姿と思考と言えるだろう。
「ははっ、せいぜいユカ相手に戦ってみるんだねェ。それじゃあボクは用事があるから失礼するよォ」
そう言ってバグスは姿を消した。
バグスがいなくなった後、テリトリー公爵の魔獣は辺りに黒いモヤのような物を口から吐き出した。
そのモヤを吸い込んだ彼の手下が次々と人間からモンスターに姿が変わっていく。
そして半日もせず、テリトリー公爵領の住人達は大半が狂暴なモンスターの姿に変わってしまった。
「最高だ、この力……この力であの生意気な皇帝を名乗った身の程知らずの平民の血の入った穢れたクソガキをぶっ殺してやる!」
魔獣テリトリー公爵は万を超える手下を引きつれ、王都目指して侵攻を開始した。
「死ね、喰らい尽くせ。邪悪なモンスター達よ、目の前の全ての汚らわしい平民を全て駆逐しろ!」
魔獣テリトリー公爵の率いるモンスター集団は目の前の村一つ一つ滅ぼしながら王都目指して進軍していった……。
このままではユカ達が助けたはずの王都が攻め滅ぼされるのも時間の問題だろう……。
一方のユカ達はテリトリー公爵領に向かう途中で黒竜王ヘックスの住む山岳で空を飛べず、飛行艇グランナスカを降りて彼の元に歩いて向かっていた。
この後、ユカ達と強大な黒竜王、そして魔獣テリトリー公爵率いる大量のモンスター軍団との激しい戦いが始まる事となる。




