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807 人であることをやめた者

 ◆◆◆


「グワハハハハ! 素晴らしい、人間が虫けらのようではないか」


 バグスによって力を与えられたテリトリー公爵はおぞましい声で笑っている。

 彼は辺りにいた従者を次々と手当たり次第に捕まえ、頭からバリバリと噛み砕いた。


「ハハハハハッ。どうだい? その力は」

「素晴らしい、これこそまさに強者の姿。全てを踏みにじり、オレだけが王として君臨するに相応しい姿だ!」


 バグスは変貌したテリトリー公爵を見て笑っている。


「愚かだねェ。力に溺れた愚者という者はさァ……」

「ン、キサマ。何か言ったか!?」

「いや、特に何も……」

「ふざけるな! しっかり聞こえたぞ、オレが愚者だと言っているのがな!」


 テリトリー公爵は口から火炎を吐いてバグスを攻撃した。


「キサマはオレに力を献上した。だが愚かにもオレ様を愚弄したな。愚か者はキサマだったな!」


 地獄の業火がバグスを包み込んだ。

 テリトリー公爵の手に入れた力は、地獄の業火で相手を焼き尽くすブレスだった。

 普通ならこれで骨すら残らない。


「フン、燃え尽きたか。だがキサマはオレ様に力を献上した。その事は褒めてやろう」

「おやおやァ。随分と上から目線だねェ」

「な、その声は!? 燃え尽きたのではないのか」


 バグスは消えない地獄の業火の中で平気な顔をして笑っていた。


「そうそう、それじゃあこれは貰い過ぎたからキミに返すよォ」

「な、何だと!? グワァアアア!」


 バグスが指を弾くと、彼の周りをまとっていた地獄の業火がテリトリー公爵に燃え移った。


「ウギャアアアアアアッ!」

「あーあ、なまじ力を手に入れたと勘違いしたみたいだねェ。キミの力なんてボクに比べれば大人と子供くらいの差があるのにィ」


 確かに現時点でのテリトリー公爵の強さはSS、下手すればSSSクラスの魔獣に匹敵する。

 だが、バグスの力は――測定不能――つまり、神にも等しい力だと言える。

 彼と対等に戦えるとすれば、全盛期の黒竜王ヘックス、魔王ゾーン、ウルティマ・ザイン、オルビス・ザインの失われた古代兵器……これくらいしかいない。


 本気を出したバグスだとこの魔王ゾーンや失われた古代兵器ですら勝つ事は出来ない。

 それ程の差があるのにテリトリー公爵がいくら人間を辞めて手に入れた力がSSSクラスでも勝てるわけが無いのだ。


「ヒィイイ、悪かった。オレが悪かったからこの火を消してくれぇ、もうお前、いや……貴方様には決して逆らいませんから!」

「情けないものだねェ。アンタ貴族のプライドが命より大事だったんじゃないのォ?」

「そ、そのようなもの、貴方様の前にはゴミも同然です。どうか、この火を消し止めてください……」


 今まで皇帝にすら誰一人に対して頭を下げた事の無かったテリトリー公爵が魔獣化した身体をバグス相手に頭を地面に何度も打ち付けて謝っている。


「無様だねェ。そこまでして生きていたいのかいィ?」

「は、はい。オレ……いや、私は貴方様の下僕です! どうか自由にお使いくださいませ!」


 あれだけ貴族丸出しだったプライドの塊のテリトリー公爵が無様な姿を見せている。


 その態度を見たバグスは指を弾き、一瞬で炎を消し止めた。


「ほら、この程度の炎も消せないのォ?」

「はい、わたしは無能で愚かな存在ですので……貴方様の言うがままに動くだけです」


 バグスはこれだけ態度の豹変したテリトリー公爵の顔めがけ、唾を吐いた。

 テリトリー公爵はそれを嫌がる事も無く頭を下げ、バグスに忠誠を誓っていた。


 所詮力の亡者はそれ以上の力に圧倒された時、プライドも何も失うだけでしかなかった。

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