799 アリス皇后と魔将軍アビス
「アンタ、皇帝グランド……だったかねェ」
「無礼者! と言いたいところだが、伝説の大魔女エントラの名前は余も知っておる。どうやら本物のようだな」
「まあ、妾の名をかたる命知らずはそうはないだろうからねェ、妾は本物だってねェ」
大魔女エントラ様は帝国のグランド皇帝相手に全く態度を変える事も無く普段の態度を見せている。
コレが強者の余裕というものなのだろうか。
「でもアンタ、自分が強いから見えていないものがあるみたいだねェ」
「何だと、それはどういう事だ!」
「アンタ、憑りつかれてるからねェ」
大魔女エントラ様の言っている事は本当だ。
皇帝グランドは、魔将軍アビスにいいように宮殿に入り込まれ、宮殿の住民全てをアンデッドにされている事に気が付いていない。
この空気感染の元は魔将軍アビスだと言えるが、このアンデッド化の空気感染、あくまでもアンデッド化するのは低レベルの人間や動物だけという事だ。
高レベルのグランド皇帝はこのアンデッド化の空気に打ち勝つだけの強さがあるので、まさか周囲の人間全てがアンデッド化しているなんてことはまず想定するわけもない。
「憑りつかれているだと? この余が何に憑りつかれているというのだ!」
「アンタの周りには悪意の魔力が付きまとっているねェ。これは間違いなく魔族の魔力、それも相当レベルの高い魔族のモノだねェ」
レベルの高い魔族、つまりは魔将軍アビスという事になるだろう。
「まさか、余の周りにそのような者なぞ……まさか、キサマらは余の皇后のアリスを疑っておるのか!?」
「アリス……ねェ。その彼女は今ここにいるのかしらねェ」
「うむ、今日は気分がすぐれないと言って部屋におるはずだ、疑うなら呼んでやろうか? だが、もしそれで何も無ければ……いくら英雄カーサの息子達だと言ってもタダで済むとは思うな」
皇帝グランドは皇后のアリスを信頼している。
そして彼は召使を呼び、アリス皇后を呼ぶように言った。
だが、召使いは呼べど誰一人として来はしなかった。
「何故だ!? 何故誰一人として余の呼びかけに応えぬ?」
「それもそうだろうねェ。アンタの宮殿に居たのは全員アンデッド化してて妾達を食い止めようとしたので全員異界門で別の場所に行ってもらったからねェ。あ、とりあえず殺してはないから、アンデッドだから殺しても死なないしねェ」
ボク達の言う事が嘘ではないと、皇帝グランドも納得しているのだろうか。
だが実際彼が呼んだ召使いは誰一人として現れず、その事実は皇帝グランドも受け止めていた。
「まさか、本当にアリスもここにいないというのか!」
皇帝グランドは玉座を立ち上がり、アリス皇后がいるはずの寝室に向かい走った。
大きな扉を開けたその中には、大きな天蓋付きのベッドがあり、そこには誰もいなかった。
「ま、まさか……本当にアリスまでおらぬとは……」
「あ、そうそう、そういえばねェ、昨日この城から遠く離れた場所で妾達と魔将軍アビスが戦ったんだけど、昨日はそのアリスってどこにいたのかねェ?」
「アリスは……町の様子を見る為に三人の子爵令嬢と出かけたらしいが、その後帰って来て気分がすぐれないと言って部屋に入ったはず」
その三人が間違いなくダークリッチ、バンパイアロード、ビーストマスターの彼女の眷属に違いない!
「はず、って事は実際には昨日アンタはそのアリスを見ていなかったって事だねェ。これで決まりだねェ。そのアリスってのは間違いなく魔将軍アビスの変装した姿。アンタは知らないうちに魔将軍アビスに操られていたってわけだねェ」
「ま、まさか……信じられん!」
皇帝グランドは、彼の妻である皇后アリスが魔将軍アビスだと伝えられ、憔悴していた。
彼は、その場に座り込み、表情からは覇気が消えていた。




