788 アビスの吐息
「魔力の大きさが絶対的な力の差で無いですって? 負け惜しみを……いくら大魔女と言われていても、魔族と人間の魔力の差は絶対的な物なのよ! ましてやわたしはアビスお姉様の眷属……魔界の貴族ダークリッチ様なのよ!」
ダークリッチのアナは大魔女エントラ様に煽られて魔力を撃ち続けている。
「ホラホラホラホラホラホラホラホラァッ! わたしの魔力はこれだけ撃ち続けても一向に弱まらないわよ。さっさとくたばりなさいなっ!」
アナの放つ魔力は一撃一撃が一つの小さな村なら吹っ飛ばすくらいの威力だ。
それを彼女は連発で合間を入れずに打ち続ける事が出来るらしい。
爆炎、業火、雷撃、吹雪、毒、様々な攻撃魔法をアナは連続で撃ち続けている。
これだけの属性を同時に使いこなすのは確かに普通の人間には無理だ。
どう考えても魔力より身体の方が持たない。
普通ならこれだけのオーバーキルな魔法を受ければ消し炭になって跡形すら残らない。
――だが! それは普通の常識で考えた場合だ!
「あらあら、偉そうに大魔女と言いながらわたしの魔法の前に全く手も足も出なかったみたいね。もうこの世から消えてしまったかしら?」
「小娘が……力を手に入れただけの愚か者を見るのは滑稽で楽しかったねェ」
「な……何だとっ! あれだけの魔法を受けたというのに」
大魔女エントラ様は全く無傷だった。
あれだけの魔法を受けたというのに、一体どうなっているのだ?
ボクの持っているレジストベルトなら確かに全属性魔法の無効化は可能だが、彼女はそういう装備は持っていないはず。
あくまでも彼女が持っているのは異界で手に入れたという世界最高の杖くらいのモノだ。
「さて、あれだけ沢山の魔法を妾にくれたのだから、そろそろそれを返してあげないとねェ」
「な……どういう事っ!?」
「さて、自分の魔力、どれだけ耐えられるかねェ!」
大魔女エントラ様が杖を掲げると、ダークリッチのアナの上空と下の地面に大きな異界門が開かれた。
「未熟者にはお仕置きが必要だねェ!」
「ギャアアアアアアアアアアッッ!」
「「「アナッ!?」」」
流石の魔将軍アビスの眷属もこの展開は予想が出来なかったようだ。
なんと大魔女エントラ様は魔法を全て異界に送り込み、その送り込んだアナの放った魔法を再び異界門を開く事で彼女に上下から返したのだ!
爆炎、業火、雷、吹雪、毒……アナの放った絶え間ない大攻勢の魔法は彼女自身の身体を一瞬で貫いた。
「だから言ったんだねェ。魔力の大きさが絶対的な力の差で無いって」
流石は大魔女エントラ様だ。
普段馬鹿をやっていたりするが、魔法に関しては世界の誰もが彼女に勝てるわけの無い理由がこれを見ればよく分かる。
ダークリッチのアナは魔力だけなら確かに大魔女エントラ様に匹敵するか下手すればそれ以上だ。
だが、彼女はそれを使いこなすだけの熟練度が全く無い。
つまり持て余した力を全力で解き放つ以外の方法を知らないのだ。
アナの身体が消滅する。
そして彼女のいた場所は彼女の痕跡が跡形も無くなっていた。
「あらあら、油断しちゃったわね。お馬鹿さぁん」
そう言って魔将軍アビスは唇を指でなぞり、息を彼女のいた場所に吹きかけた。
! すると……そこには黒いモヤが集まり、全裸の姿のアナが再び姿を現した。
信じられない。
跡形も無く消え去ったはずのアナがアビスの吐息で再び姿を現したのだ!
「お姉様ー。アイツがわたしをいじめたー」
「あらあら、可愛そうに……そうね、妹をいじめた悪ーいやつは、アタシちゃんが倒してあげるからね」
魔将軍アビスが大魔女エントラ様をおぞましい目つきで睨んだ。
「おやおや、保護者さんの登場かねェ。子供のケンカに保護者が出るって無様だねェ」
「殺してやるわ、大魔女エントラ!」
これは本当の世界最強の魔法大戦が始まりかねない雰囲気だ。




