782 堕ちていく者達
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「さて、皇帝陛下のお呼び出しとの事だが、一体どのような話が?」
「父上、ひょっとしたら縁談の話かもしれませんよ」
「はっはっは。まさか、まあお前は儂に似て、堅物と呼ばれるくらいの仕事の虫だからな。浮いた話も無かったので陛下が縁談を用意したのかもしれん」
「そうですか。ですが今はまだ私は未熟者ですので、父上の片腕と呼ばれるくらいになってからようやくそう言った話を聞きましょう」
トリブナーレ法務大臣とその息子は談笑をしながら宮殿に到着した。
皇帝の待つ宮殿では普段通りに衛兵は城を守り、庭師が庭を手入れし、メイド達は忙しそうに働き、騎士団は訓練に励んでいた。
――だが、これらの全ては既に魔将軍アビスとその眷属であるアナ、ブーコ、トゥルー達によってアンデッドにされている。
その事に気が付いていないのはグランド皇帝とその周りの一部の者達。
それと今到着したばかりのトリブナーレ法務大臣の親子だ。
「ようこそお越しくださいました。さあ、陛下がお待ちです、こちらへどうぞ」
トリブナーレ法務大臣と彼の息子である男爵は、皇帝グランドの待つ謁見の間に通された。
「よく来たな、トリブナーレ法務大臣よ」
「はい、陛下には大変ご機嫌麗しゅう存じ上げます」
「よい、堅苦しい挨拶は無しだ」
グランド皇帝の横に立っていた魔将軍アビスがニッコリとトリブナーレ法務大臣に微笑んだ。
「フフフ、ようこそ……」
「ア、アァ……」
アビスの魔眼に睨まれたトリブナーレ法務大臣は、虚ろな目になり、その場に立ち尽くしていた。
「父上!」
「……」
「おのれ! 貴様、父上に何をした!」
「静まれぃ!」
グランド皇帝が言葉を発した。
するとアビスは指を鳴らし、アナ、ブーコ、トゥルーの三人を一瞬で謁見の間に移動させた。
「! こ、これは……魔法!?」
「静まれと言ったはずだ。発言は許さぬ」
「フフフ……」
アビスが男爵を見つめると、彼は言葉を発せずにその場で動けなくなってしまった。
「御機嫌よう。貴方に是非ともわたくしの妹達を紹介致したくて陛下にお呼びしていただきましたのよ」
アビスが軽く会釈をすると、三人の眷属はそれぞれが挨拶をした。
「アナです、よろしく」
「ブーコですわ……よろしく」
「トゥルーと申します、よろしくお願い申し上げます」
三人の美少女達は、美しいドレス姿でトリブナーレ法務大臣の息子に挨拶をした。
「貴方はどの子がお好みかしら?」
「あ……がっ……」
「あらあら、三人ともなんて欲張りさんね、でもダメよ。一人だけ選んでくださいますかしら? あ、声が出せないのでしたわね、元に戻してあげないと」
アビスが指を弾くと、男爵の拘束が解けた。
「お前達は何者だ! バケモノめっ」
「あらあら、こんなに可愛い女の子を見てバケモノだなんて。――酷くありませんか?」
舌なめずりをしたブーコが彼に迫り、下半身に手を触れた。
「フフフ、アタシ好みの良い男。お姉様ー、この子アタシがもらっていいかしら?」
「あら、ブーコがその子気に入ったの? 良いわよ、好きにしなさい」
「皇帝陛下っ! 一体どうなっておられるのですか!? 陛下はこのような毒婦を野放しにしていいのですかっ!」
男爵が必死に問いかけるも、皇帝は何も応えなかった。
「無駄よ、もう抵抗は止めなさい。貴方も最高の気分を味わせてあ……げ……る」
「やっ! やめろぉぉぉおお」
ブーコの目が金色に光った。
そして鋭い牙が彼の首筋に噛みつく!
「あ、ああぁぁ……」
皇帝はその様子を見ても何も反応をしない。
彼は完全にアビスの傀儡に成り下がっているようだ。
血を吸われた男爵はもう抵抗する力も気力も残っていなかった。
ただ、ブーコに血を吸われているのが彼には快感だったようだ。
ブーコは彼を強く抱きしめながら血を吸い尽くした。
そこには干からびた死体が残っただけで、父親のはずのトリブナーレ法務大臣はそれを見ても何の反応も示さなかった。
血を吸い尽くされ、干からびて死んだはずの男爵は、アビスの魔力を受け、再び蘇った。
「さあ、貴方はブーコの配偶者になるのよ。最高の気分でしょう」
「ハイ、アビス様」
そして皇帝派の貴族の一人がまた一人魔族に堕ちてしまった。




