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780 宮殿を蝕むもの

 ◆◆◆


「陛下、実はアタシの妹達もそろそろ年頃ですので、良い殿方がいれば婚約をさせたいのです」

「おおそうだったか、だが相手は誰が良いのだ? テリトリー公爵の身内にはもう相手がいるので、いくら俺でもすぐに相手を見つけるのは難しいぞ」


「フフフ、実はもうお願いする相手は考えておりました」

「何? ハハハ、お前は抜け目が無いな。それで、それは誰の事なのだ?」


 魔将軍アビスは目を光らせ、ニヤリと笑った。


「陛下、ラガハース騎士団長様、ピアンタ工業大臣様、それにトリブナーレ法務大臣様の息子様に是非ともアタシの妹を紹介していただけないでしょうか?」

「ふむ、確かに三人ともまだ決まった相手がおるわけではないな。まあ良いだろう、俺が取り持ってやろう」


 アビスの狙いは良識派と呼ばれる帝国の軍事、建築、法務の乗っ取りだった。

 彼女の妹である眷属は魔力で男を意のままに出来る。

 また、自身の血を相手に飲ませる事で、相手を魔獣化させる事も出来る。


 そうなれば公爵派、皇帝派のどちらもを自らの手中に掌握する事が出来るのだ!

 だがそれはこの国の人間達にとっては不幸と絶望をもたらす事になる。


 現に魔将軍アビスは皇后としてこの帝国の皇帝の事を操っている状態だ。

 だがまだ今の時点では苛烈な方向性には持って行っていない。

 それは公爵派貴族にやらせておいて、あくまでも皇帝はその公爵派貴族を倒す善の位地にいると思わせる為だ。


 だが公爵派貴族を皇帝と争わせる計画はユカ達のせいで失敗に終わった。

 空帝戦艦アルビオンに乗り合わせた大半の公爵派貴族は全員死亡。

 生き残ったのはほんのわずかな飛行艇で脱出したテリトリー公爵とその手下だけだった。


 その為、アビスによる国家混乱の目論みは頓挫した。

 だからアビスは妹達を使い、皇帝派の乗っ取りに作戦を変更したのだ。


「グランド陛下、ありがとうございます。それでは後日、日を改めて妹達の事をよろしくお願いしますわ」

「うむ、だがラガハースは難しいな。彼は今南方の魔族討伐に向かっておる。今頃勝利して帰還の途中だろう。

「魔族……恐ろしいですわ、そのような汚らわしいものが存在するなんて……」

「アリス、大丈夫だ。この国はそんな魔族に落とされる程弱い国ではない。そなたは安心してここにいれば良いのだ」


 グランド皇帝は、彼の目の前にいるのが魔将軍のアビスだとは全く知らないのだろう。

 皇后であるアリスの肩を抱き寄せた彼は力強く言葉を発した。


「魔族共よ! この国に俺がいる限り、貴様等の思い通りにはさせぬぞっ!」


 アリスはグランド皇帝の力強い発言に思わず拍手をした。

 それに続くように彼女の妹も拍手をしたようだ。


「アリスよ、ピアンタとトリブナーレの息子には俺が宮殿に来るように伝えておく。だから安心するがよい」

「陛下……誠にありがとうございます。これで妹達も無事嫁ぐ事が出来そうです」


 彼女の妹に徹したアナ、ブーコ、トゥルーの三人はグランド皇帝に深々と頭を下げておお辞儀をした。

 このマナーは仮面をつけた元子爵令嬢のローサが教えたマナーだ。

 三人の魔族達はそれをきっちりと実践して見せた。


「さあ、今日はもう休むがよい。この宮殿の中にお前達の部屋を用意しておいた」

「ハイ、陛下。誠にありがとうございます」


 三人の娘達は客間に案内され、そこで結婚相手になる男が到着するのを待つことになった。


「お嬢様方、お茶をお持ち……ヒイッ‼」


 メイドが見てしまったのは、変装を解き尖った耳に青肌に戻った三人の姿だった。


「バ、バケモノ……」

「あらあら、見てしまったのね。それじゃあ、いただきましょうかしら」

「キャアアアアー!」


 メイドはアナに全身の血を吸われ、その場で死んでしまった。


「あらあら、それじゃあこの子、使わせてもらいましょうか」


 アナは邪悪な魔力を少女の死体に吹き込み、メイドの少女はその場に立ちあがった。


「アナタ、わたしの命令には絶対服従よ。わかったかしら?」

「ハイ……ご主人様」


 これはこの宮殿で起きる惨劇の第一歩に過ぎなかった。

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