744 闇ではなく光でもない力
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黒い光の膜に触れて吹き飛んだ邪神の右手は凄まじい速さで再生していた。
「「「貴様、邪神であるこの余を怒らせるとは、よほど命が要らないようだな……」」」
「黙れ、貴様の声を聞くだけで不快感が止まらんわ!」
邪神ダハーカの前に現れたのは黒竜王ヘックスだった。
「~あ……あでば……ド、ドダゴンッ……ざぁぁ……ん」
生贄にされていた獣人の少女は顔をグシャグシャに泣きはらし、黒竜王ヘックスの巨体を見上げた。
「小娘、もう泣くな……俺様がお前を守ってやる!」
「「「余の事を無視して生贄に話しかけるとは……貴様、余を愚弄しておるのか!」」」
自身の存在を無視された邪神は三つの口から炎、雷、吹雪を同時に黒竜王ヘックスに吐き出した。
轟炎と轟雷と轟雪が同時にヘックスに襲いかかる。
それは言うならば大魔女エントラやルームの使うトライディザスターをさらに強化したようなものだった。
「「「グワッハッハッハ! 口ほどにもない、大きな口を叩きおって、一瞬で終わりだ‼」」」
だが黒竜王ヘックスの鱗には傷一つ付いてはいなかった。
「この程度で俺様を消すつもりだと? 貴様に比べればまだ人間の王の鎧の方が強かったわ!」
「「「何! 余を下等な人間以下だとほざくかっ!」」」
邪神ダハーカの腕から真っ赤な光の弾と真っ青な光の弾が放たれた。
「「「これは相反する二つの力、それを同時に貴様に叩きつけてやろう。一瞬で終わりだ!」」」
「ドラゴンさぁぁーん!」
生贄の少女が叫ぶ、だがその叫びは轟音にかき消されてしまった。
ダハーカの放った対消滅の噴煙が消えた時、そこにいたのは黒い光の膜で覆われた黒竜王ヘックスだった。
「フン、力さえ奪われなければ、貴様相手の戦いなぞ世界を敵に回した時よりよほど児戯に等しいレベルの戦いだ!」
「「「この……余を愚弄しおって、絶対に許さんぞ!」」」
「許さないのは俺様だっ! こんな小さな吹けば飛ぶようなものをいたぶりやがって!」
以前の彼ならば絶対に出てこない言葉だった。
だが今の彼は自身のワガママや欲望のために戦っているわけではない。
むしろ、目の前の生贄にされそうなちっぽけな少女の為だけに戦っているのだ。
それが彼に普段以上の力を与えた。
「貴様が曲芸技を見せてくれたようなので、俺様もお返ししてやろう! 喰らえっ、ブラックブレス!」
黒竜王ヘックスは黒い息でダハーカを攻撃した。
ダハーカはその攻撃を受けながら笑っている。
「「「グワッハッハッハ! 黒いブレスだと、絶対の闇であるこの余、邪神ダハーカに闇で攻撃しようとは、面白い……その力を吸収してやろう」」」
高笑いしていたダハーカだったが、その笑いは一瞬で悲鳴に変わった。
「「「グギャアアオウウッ! 何故だ!? 何故闇のブレスが吸収できずに余の身体を傷つけたのだ!?」」」
「フン、貴様には分かるまい。俺様は闇ではない」
「「「それだけ漆黒の鱗に包まれた貴様が闇属性ではないと言うのか! それでは光属性だとでもいうのか!」」」
「それも違う、俺様は光でも闇でもない!」
この黒竜王ヘックスの言葉に邪神ダハーカは少したじろいでいた。
「俺様は絶対だ! 光や闇ですらない力、そんな俺様の力を吸収できるというなら吸収してみるがいい!」
黒竜王ヘックスは口にエネルギーを溜め、その七色の黒い光を邪神ダハーカ目指してぶちまけた。
「これが俺様の最大必殺技だァぁぁあぁあッ‼」
「「「グギャァアアアアアアムッ‼」」」
黒竜王ヘックスの力は光でも闇でもない無属性だった。
それを見誤った邪神ダハーカは周囲の山すら吹き飛ぶような全力の無属性エネルギーの塊をダイレクトで全身に喰らい、消滅寸前の大打撃を受けてしまった。
辺りは黒い光の膜で覆われた獣人少女と黒竜王ヘックスを残し、満身創痍のダハーカ以外は周囲四方の山々の大半が吹き飛んでしまった。




