742 守りたい小さき者
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獣人の少女は普段のような明るい顔ではなく、とても暗い沈んだ表情だった。
「オイ、小娘。もう来れないとはどういう意味だ!」
「オラ、村のためにいけにえになることになっただ。オラがダハーカのいけにえになることで、村が救われるだ」
「何だと! ふざけるな! お前は俺様といつまでも話をしてくれていればいいのだ」
ダハーカの生贄だと!?
そいつは一体何者だ!
「オイ、そのダハーカとは一体何者だ?」
「ダハーカはおそろしい怪物ですだ。三つの首を持ち、その三つの首で全てを壊し、うばう。その姿はだれも見たものがいなく、見たら殺されると言われてますだ」
どうやら俺様が戦っていた神や人間の王達とは別の存在がいるらしい。
だが、俺様の大事な者を奪おうとするとは、許せん。
「お前はそれでいいのか! ダハーカの生贄になるという事は死ぬという事なんだぞ!」
「かまわないですだ。オラ、死んだらかあちゃんやとうちゃんのいる場所に行ける。それにオラは村のみんなが好きだ。とうちゃんかあちゃんの好きだった村のためならオラ、いけにえになってもかまわないだ」
「許さんぞ! お前は俺様のモノだ! もし、お前が望むならお前にこの世界の全てを与えてやる! 財宝も食料も、何不自由なく全て俺様が与えてやろう!」
だが、少女は寂しそうに笑い首を横に振った。
「そうはいかないですだ。オラ、人のために生きろととうちゃんかあちゃんに言われました。人のために生きることで、オラも人に生かしてもらってるだ。とうちゃんかあちゃん死んだあと、村の人達オラに優しくしてくれた。だから今度はオラが村のみんなのためにいけにえになるだ」
俺様はこの少女の言う事を何となくだが理解できた、だが理解はしたくなかった。
俺様が初めて大切だと思った存在。好きになった相手、それがこの獣人の少女だったのだ。
「頼む……行かないでくれ、俺様はお前と一緒にいたい」
「ワガママはダメですだ。オラ、これ以上ここにいたらドラゴンさんとおわかれが辛くなりますだ……」
俺様が動ければ、そんなダハーカなどという愚か者は打ち倒してやるのに……この魔法陣がある限り俺様は動けない……。
この魔法陣さえなければ、俺様がこの少女を助けてやれるのに……。
その時俺様が初めて感じたのが、他者のために力を使いたいという感情だった。
そんな俺様に誰かの声が聞こえた。
『黒竜王ヘックスよ……貴方が心からそう願うなら、目の前の少女に魔法陣の線を消すように頼みなさい。そうすれば魔法陣は力を失うでしょう』
この声は! 忘れるわけもない、創世神‼
『本当か! 俺様を長きに渡り封じていたこの魔法陣が消えるのか!』
『貴方は初めて他者の為に、目の前の少女を救いたいと言う純粋な思いを願いました。その貴方になら力をお返ししましょう』
俺様の力が戻ればこの少女を助ける事ができる!
俺様は立ち去ろうとする少女に語りかけた。
「頼む……ここを離れる前に一つだけ願いを聞いてほしい。その足元の線を消してはくれないだろうか」
「ドラゴンさん、わかっただ」
獣人の少女は自分の足元にあった魔法陣の結界の線に土をかぶせ、線がつながらなくした。
線がつながらなくなった魔法陣は効力を失い、俺様は数千年ぶりに力が戻ってくるのを感じた。
「ドラゴンさん。さようならだ……」
「…………」
俺様は去り行く少女を見つめ続けていた。
この俺様よりもよほどちっぽけで吹けば飛ぶような存在、だが俺様にとってはとても大事な相手だ。
少女の姿が見えなくなった後、力の戻ってきた俺様は大きく咆えた。
その咆哮は山を砕き、大地を震えさせ、天を割った。
そう、力を取り戻した俺様は大きく翼を広げ、数千年ぶりに空を飛んだ。
「ダハーカ‼ どこにいる! 絶対に許さんぞっ‼」
俺様はダハーカを探し、空気を切り裂きながら大空を飛びまわった。




