741 初めての感覚
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こんな感覚は初めてだった。
痛みは人間や神々との戦いの中で知ったが、アレはとても不快なものだった。
しかしこの感覚はとても心地よい。
――これが、心が温かいという感覚か……。――
俺様はあの獣人の少女に会うのが毎日楽しみになっていた。
「ドラゴンさん、おはよう」
「お……おはよう……」
おはようとは、朝会ったらいう言葉らしい。
お昼にはこんにちは、夜はこんばんわという。
彼女は常に俺様に会うと頭を下げて挨拶をしてくれる。
俺様もそれに対しついつい同じように挨拶をするようになった。
するとなんだか心の温かさが増えたような気がした。
やはりあの獣人の少女と一緒にいるのが楽しいのだろう。
彼女は色々な話をしてくれた。
どうやら俺様が人間や神々と戦ってから、世界では数千年経っていたらしい。
俺様を倒す為に手を組んでいた人間と神々だったそうだが、どうやら俺様を封印した後奴らはお互いが戦ってどちらもが姿を消したらしい。
そして今残っているのは一部の人間と、その人間達に使役されていたという彼女達獣人だという事を聞いた。
まあ封印されてしまった後の世界の事がどうなろうと俺様の知ったことではない。
それよりも俺様はここで毎日彼女と話を出来ている事のほうがよほど大事だ。
「小娘、お前は一人なのか?」
「オラ、一人だ。とうちゃんとかあちゃんいたけど、流行り病で死んじまった。でも村の人達オラに優しくしてくれる。どうやらオラ、みこっていうらしいんだ」
ミコ。意味はよくわからんが、どうやら彼女は一人ではないようだ。
俺様はずっと一人だったので、群れると言う感覚が良くわからん。
だが、この少女とは一緒にいたいと思う。
「そうか、一人か。俺様も孤独だ。だが、今はお前がいて話をしてくれる。その事で俺様はとても満たされた気分だ」
彼女は朝、昼、夜、毎日ずっと俺様に会いに来てくれた。
来るたびに挨拶を欠かさず、あの愛らしい笑顔を見せてくれる。
俺様はいつしか彼女とずっと一緒にいたいと思うようになった。
「小娘よ、俺様と一緒にならないか?」
「オラか? それは出来ないだ。オラ、畑仕事の手伝いもあるし、村のみんなのために神様にいのりもしなけりゃならねえ」
神か……俺様を封印したあの女、あれも神だったな。
恨みが無いと言えば噓になる。
俺様に不快な痛みを与え、数千年の退屈を与えたあの女、いつかは屈服させてやる!
「ドラゴンさん、なんだか目が怖い」
「お、おう。それは悪かった……」
「でもオラ、ドラゴンさんの目が好き」
「好き……だと?」
好きという感覚はイマイチよくわからん。
好き、というのは敵ではないという事なのだろうが、俺様が何かを好きになった事はないからだろう。
「こっ小娘。好きとは一体どんなものだ?」
「好きってのは、一緒にいたい、それがとても大事と思うようなもんだ。オラ、ドラゴンさんの目を見るのがとても良い。キラキラしていて何か綺麗な光る石みたいに見えるから」
それが好きなのか。
そういう事だと、俺様がこの獣人の小娘と一緒にいたい、この感覚も好き、だといえるのだろうか。
「こ……小娘よ、俺様もお前が好き……だ」
「ホントか。オラ、嬉しい」
「こら、俺様の鱗にすり寄るな、何だかむず痒いではないか……」
そうか、この何とも言えない心の奥の温かい気持ち、これが好きという感情だったのか。
俺様はこの娘とこの後もずっと一緒にいたいと思うようになった。
だが、それも長くは続かなかった。
「ドラゴンさん……今日は、おわかれを言いにきただ」
少女の表情が普段と違って悲しそうなものだった。
「何……だと?」
「オラ、村のためにダハーカのいけにえになることになっただ……」
「どういう事だ! もう来れないだと!?」
俺様はつい大きな声で叫んでしまった。




