709 眼前で行われる蛮行
ボクが赤いボタンを押すと、飛行艇グランナスカは一瞬動きを止めた。
だが動き続けるものは動き続けようとする、グランナスカは駆動を止めたまま音を超えた速さで高い闇を突っ切っていた。
その直後、グランナスカ全体から不思議な音が聞こえてきた。
どうやらボクが赤いボタンを押した影響が出たようだ。
『ユカ、どうやら本当にそのボタンはワープ機能のボタンだったみたいだな』
『えっ!? ワープって、瞬間移動のことですよね。それじゃあどこに移動するんですか?』
『さあな、私にも分からない』
『そんな無責任なーっ‼』
ソウイチロウさんはグランナスカが瞬間移動することまで予測出来ているのに、その後どこに飛ぶかまでは把握できていないようだ。
そんな憶測だけでゴーサイン出されてもこちらも困るのに……。
まあやってしまったからには仕方ない、なるようになるしかないのか。
グランナスカは先程の速度をさらに上回り、音、光すら超え、時すらも超えたのかもしれない。
ボク達の見ているグランナスカの外の背景が真っ暗から虹色の極彩色になっている。
こんな光景はボクは今までに見たことが無い。
『何だか外は面白いことになってるみたいだねェ』
大魔女エントラ様はこの非常事態をうろたえるどころか楽しんでいる。
他のみんなも特に焦ることも無くその場にいるようだ。
みんなそんなに僕を信用してしまっていいのかな……。
ボクの心配とは裏腹に、グランナスカは一瞬でどこかに移動したようだ。
そしてボク達の見ていた光景は……暗い闇から、澄みわたる青空に変わっていた。
「成功だ! 本当に一瞬で地上に戻ってきたんだ!」
「ユカ様、凄いですわ!」
「驚いたねェ……まさか本当にこの船ごと瞬間移動するなんて……古代文明って凄いわねェ」
どうやらボク達は高い闇を一瞬で移動し、地上に戻ってくることが出来たようだ。
それなら早くアルビオンを探さないと、アレが再び空を飛んだとすれば……多くの災厄が撒き散らされてしまう!
ボクがそう思って辺りを見回そうとした時、フロアさんとサラサさんが何かを見つけたようだ。
彼らの視力はボク達を遥かに上回り、水平線や地平線の先のものすら見つけることが出来る。
その彼らの視力のおかげでボク達はあの凶悪なバロールに勝てたとも言えるくらいだ。
「ユカさん、向こうの方に何か見えます……あれは、船!」
「何だって!?」
この世界で空を飛ぶ船なんてボク達が知る限り一つしか存在しない。
まさか、ボクの悪い予感が当たったようだ。
敵はあの空帝戦艦アルビオンを修理し、再び空を飛ばしているらしい。
『ユカ、また少し身体を借りるぞ!』
『ソウイチロウさん……わかりました!』
ボクはソウイチロウさんに身体の主導権を渡し、グランナスカを操縦してもらうことにした。
ソウイチロウさんは手慣れた手つきで操縦桿を握り、フロアさんの指さす方へ船を飛ばした。
近づけば近づくほどアルビオンの大きさがボクでも目視できるサイズになっていった。
「ユカさん、見てください!」
「見て下さいって……何だアレは!?」
どうやら兵士達が船の甲板に立っているのがボク達の眼前に見える。
アレは……船から突き落として処刑をしようとしているのか。
「酷い……何という事を、許せませんわ!」
「アイツら……絶対に許せない!」
「どうやらキツいお灸をすえてやらねばならぬようじゃのう」
「そうねェ……。オシオキしてあげないと」
ここにいる全員がアルビオンで行われている横暴を許せないようだ。
「あっ!」
ボク達が見ている前でアルビオンから何かが落下した。
どうやら罪人を処刑しようとしていた兵士が誤って転落してしまったようだ。
今から近くに行ってもどう考えても間に合わない。
これ以上は被害者を出さないようにしなくては……。
ボク達はアルビオンに上空から迫り、飛行魔法の使える大魔女エントラ様とアンさん、それとルームさんの三人が船の外に飛び出した。




