704 ヨーゾ・テリトリー公爵
◆◆◆
最後に到着した馬車はとても豪華で王族が乗っているのかとも言われそうなものだった。
その馬車の横にはでかでかと紋章が描かれている。
それはテリトリー公爵家のものだった。
そう、この馬車に乗っている人物こそが公爵派貴族達の首魁、『ヨーゾ・テリトリー公爵』なのである。
この国では彼が白いと言えば黒い物でも白くなる、テリトリー公爵とはそれほどの権力の持ち主なのだ。
出港準備はもう既に終わっていた。
それでも出航できないのはテリトリー公爵を待っていたからだ。
全てを彼の行動に合わせて行わなくてはいけない。
それほどこの公爵派と呼ばれる連中の中では彼が全てにおいて偉いのだ。
談笑していた貴族が全員会話を止め、テリトリー公爵に向かい頭を下げた。
プライドの高い血族主義の貴族が頭を下げるなんて屈辱を素直に受け入れるようなものだが、彼等にとってテリトリー公爵とは下手すれば現皇帝よりも上の立場だと考えられているのだ。
現皇帝は王政を排し、実力ある物こそが国を統べるべきだという考えで腐敗する貴族を次々と淘汰した。
そんな淘汰された貴族達が自己保身のためにすり寄ったのが前国王の王妃の弟だったテリトリー公爵なのである。
つまり母親の身分が劣る現皇帝よりも母方が公爵家であるテリトリーの方が上にいる方が腐敗貴族達には都合がいいのだ。
それ故、テリトリー公爵の行動は全てにおいて最優先される。
彼を怒らせることは自らだけでなく一族の破滅を意味するからだ。
ある貴族がテリトリー公爵の数歩先にいた。
彼はすぐにその場を退いたが、テリトリー公爵はそれを見逃さなかった。
「貴様、何故儂の歩みを妨げた?」
「い、いいえ。私は決してそのような事は……」
「捕えろ、礼儀知らずは王国貴族に必要ない!」
兵士達はテリトリー公爵の命令で下級貴族を捕らえ、その場から叩き出した。
どう考えても言いがかりとしか言えない。
実際テリトリー公爵の歩む先にいた貴族の男は移動中で公爵がその場に辿り着くにはまだ十歩以上先だったのだ。
z
だが彼にとっては目線に入るだけで自らの歩みを阻害したという認識だった。
それ故に哀れな貴族はテリトリー公爵の逆鱗に触れてしまったのだ。
彼は鼻で笑いながら一番奥の高い場所に用意された玉座に座った。
「皆の者、面を上げよ」
テリトリー公爵の声が静まり返った辺りに響いた。
「我々王国正当貴族連合は、偽帝グランドを認めない!」
「「「ワアアァー!」」」
貴族達から喝采の拍手が沸き起こった。
彼らの言う王国正当貴族連合とは、帝国を名乗っているグランド皇帝を認めず、彼等王国貴族正統派のテリトリー公爵こそがこの国の王であるという主張の連中だ。
本来、現皇帝の妃の立場にいるアリス……いや、魔将軍アビスは招かれざる客のはずだ。
しかし彼女はその絶大な魔力でその場にいる人間全員に自らが反皇帝派だと認識させている。
彼女はこのどす黒い感情が渦巻くパーティー会場を楽しんでいる。
ここには人間の恨みや悲しみといった彼女の大好きな空気が所狭しと充満しているからだ。
ユカ達に敗れた後本来の力を取り戻せなかったアビスだったが、ここに来て本来の魔力を取り戻した。
後ろにいる貴族令嬢の正体も、アナ、ブーコ、トゥルーのアビスの眷属三匹だ。
そしてテリトリー公爵の演説は続いた。
「我等王国貴族は神に選ばれし者達、生まれながらにして全てを統べる権利を与えられているのだ。そしてこの空帝戦艦アルビオンこそ、古代ゴルガ文明の遺産にして絶対の力の象徴! 我々王国正当貴族連合はこの力を持って無知蒙昧の偽帝グランドからこの国を取り戻し……貴族社会の秩序を復活させるのだ!」
これはテリトリー公爵による現皇帝グランドへの宣戦布告とも言えるものだった。




