699 背負った十字架の重さ
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「フォトン砲発射準備完了!」
「ま、待て……何だよ、それ……」
血の気の引いた表情のターナが兵隊達の隊長に訪ねた。
「ターナ技術主任殿、貴女のおかげで作戦を計画通りに進めることが出来そうです」
「質問の答えになってないよ、アタシは一体それが何なのかって聞いてるんだよっ!」
ターナがうろたえるのも無理はない。
今……空帝戦艦アルビオンの艦首から発射されようとしているのは、光の魔素を極限まで濃縮した光弾兵器フォトン砲だ。
これは殲滅兵器とも呼ばれ、一つの村くらいなら一瞬で消滅させるほどのものだ。
「魔素装填完了、フォトン砲……発射!」
「や、やめろォォオオッッ!」
ズドゴォォオオオオンンンッッ!!
だが彼女の叫びはフォトン砲発射の轟音にかき消された。
ターナは目の前で放たれた極大の光の弾が一つの村を消し去る姿をまざまざと目の前で見せつけられてしまった。
光の中に一つの村が消え去った。
フォトン砲発射でどれだけの範囲のものが消滅したか、それは多くの人命が一瞬で消滅したことを意味するのだろうか……ターナはその時自らの背負いきれぬ罪の重さを思い知ってしまった。
あの規模の村なら軽く千人以上の人命が一瞬で消えてしまったのかもしれない。
ターナは焼け野原になってしまった目下の巨大な無人の窪地を眺め、壊れそうな自身の心を保つだけで精いっぱいだった。
「ターナ技術主任、おめでとうございます! 貴女のおかげで我々は再び空を飛ぶことが出来、作戦を完遂致しました!」
「すまない、しばらく一人にしてくれないか……」
その後数日間、ターナは与えられた個室に籠り、食事すら手を付けようとしなかった。
『アタシのせいで……どれだけ多くの人が犠牲になったのか……アタシはもうユカ達に合わせる顔が無い。大量殺人の咎人だ……』
彼女は抱えきれないほどの十字架を背負ってしまったと自ら自覚していた。
それは彼女が軽蔑していた父親と同じことを……いやそれ以上のことをやってしまった彼女自身の自責の念だった。
ターナは部屋の中で何かを見つめていた。
彼女はユカ達に渡すはずだったオリハルコンの武器を見ながら何かを考えているようだ。
技術主任としての権限で、兵隊達に没収されたはずの武器は全部彼女の部屋に集められていた。
「ユカ、みんな……ゴメンよ……もう約束は果たせそうにないね」
彼女が部屋から出てきたのは引き籠って三日後のことだった。
「ターナ技術主任殿、もう大丈夫でしょうか! 我等一同、皆が貴女様のことをしんぱいしておりました」
「あ、ああ……ただの疲労だったから……もう大丈夫だよ。これからやることがあるから、アタシの好きにさせて欲しい」
「はっ! ご苦労様です!」
兵隊や隊長達は空帝戦艦アルビオンを完全復活させた彼女を全員が信頼している。
これから彼女が何をしようとしているかに気付くものは誰一人としていないだろう……。
機関部に入った彼女はエンジン部に何かの作業を始めようとした。
「アルビオン、アンタ……とーちゃんが作ったんだよね。いえばアタシとアンタは家族みたいなもんだね。だからアタシが責任をもってアンタを眠らせてあげるよ……大丈夫、その時は寂しくないようにアタシも傍にいてあげるから」
ターナの声は機関部の駆動音にかき消され、誰にも聞こえなかった。
彼女がアルビオンに何をしたのか、それは誰も知らない。
だが決意を秘めたその顔からは、彼女が何かをしたのは確実にわかる。
「ターナ技術主任殿、何か不具合でもありましたか?」
「いや、このアタシが整備しているんだ。不具合なんてあるわけないだろ」
「流石はクロゼット技術主任の娘さんです。我々全員、貴女を信頼して憑いて行きます!」
「ああ、大船に乗った気分でいてくれ。アタシはやることがあるから部屋にいるからね、決して命令があるまで入るんじゃないよっ」
ターナはそう言うと自身に与えられた部屋に一人閉じこもり、ユカ達に渡すつもりだった武器を一人で眺めていた。




