697 技術者の性(さが)
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ターナを連れてきた隊長は、艦長室の入り口を三回ノックした。
「入れ」
「はっ! 失礼します!」
隊長はターナを連れ、空帝戦艦アルビオンの艦長室に入室した。
「パレス大将軍、只今帰還致しました。ターナ技術主任もこちらにおります」
「ご苦労。貴女がターナ・スミソニアンか。我はグランド帝国の大将軍パレスだ。」
「……」
ターナは返事をしなかった。
「手荒なマネをして申し訳ない。だが我々には貴女の技術が必要だったのだ。貴女には是非やってもらいたいことがある」
「フン、例えアタシが断ったとしても強制でやらせるんだろ。だったら最初からそう言えよ」
「これは失礼。どうやらお気に召さないようですな。だが、実際の現場を見てみれば気持ちが変わるかもしれない、ターナ技術主任を機関室に連れていけ」
「ふざけんなよっ! その技術主任って何だよ。アタシは何も聞いていないよっ!」
ターナが激昂するもの当然だ。
彼女本人に話を聞かされないまま話が勝手に進んでいたわけだから。
「失礼します、大将軍の命令で貴女を機関室に連れていきます」
「ちょっと、どこ触ってるんだい! このエッチ、スケベッ!」
「これは失礼しましたっ」
ターナは軍人達に囲まれる形で空帝戦艦アルビオンの機関室に連れていかれた。
そして頑なな彼女の心が揺らいだのはその機関室の中を見た時だった。
「ターナ技術主任、ここが戦艦の機関室になります。ご覧下さい」
「えっ……何これ……! 凄い、凄すぎるっ‼」
技術者の性なのだろうか、彼女は巨大な機関室の歯車やボイラーなどを見て目を輝かせてしまった。
奇しくもそれは彼女の父、クロゼットが遺跡から発掘して修復したモノ、つまりは父親の仕事場とも言える場所だったのだ。
「これは……。ひょっとして古代ゴルガ文明の飛行戦艦の動力炉なのかい」
「はっ! これこそが空帝戦艦アルビオンの中枢となります。貴女にはこの基幹部分の修理を頼みたい。階級は技術主任として佐官クラスを約束しましょう」
佐官クラスの軍人はこの船の中にもそうはいない。
しかし彼女はこの船の修復を任せるに値する人物として、技術主任として軍でも破格の待遇である佐官相当の地位が与えられたのだ。
「コレを……アタシに修理しろというのかい」
「はっ! この空帝戦艦アルビオンを修復させたクロゼット技術主任の娘である貴女なら必ずややり遂げてくれると一堂信じております」
「少し……考えさせて……」
彼女は自身の気持ちが許せなかった。
ユカ達の敵である帝国の公爵派悪徳貴族の手下に加担したくない。
だが技術者として古代ゴルガ文明の最高技術を誇る船を自らの想いのままにいじれる機会が訪れたこと、これは一生に一度あるか無いかのチャンスだ。
それに下手に断れば今度こそ命が無い。
悩みに悩んだ彼女が選んだ結末は……。
「わかった、アタシがこの船の最高技術者として好きに振る舞っていいんだね……」
「はっ! 我等は貴女の部下としてお仕えします。何なりとご命令下さい!」
ターナは古代文明の技術に心を奪われてしまった。
それは仕方が無いことだったと言えよう。
一度仕事モードに入った彼女は眼の色が変わったかのように目の前の機械に釘付けになった。
「凄い! これだけの大型タービンを魔法力増幅装置で動かしているのか……空気中から魔素を取り込む魔力コンバーターと大型ジェネレーターの組み合わせ……コレでこの巨体を飛ばしていたのか」
魅力的な最高級の機械の数々に触れた彼女は、何かに憑りつかれたかのように工具を使って修理を始めた。
彼女のあまりに気迫に、歴戦の帝国軍兵士達すら手を出せないほどだ。
ターナは父親が何故拷問の後、あれだけ拒否していたのに気が狂ったかのように帝国軍に従ってしまったのか……その理由を理解してしまった。
頭では否定したくても、技術者としての性はこの最高の機械に囲まれた環境を望んでいる。
そしてターナは誰に命令されるでもなく自ら大破した空帝戦艦アルビオンの機関部の修理を開始した……。




