688 銜えた刃
聖狼族のシートは明らかにダメージが大きかった。
普通なら立っているのも激痛を感じるほどのダメージで、もし後一撃攻撃を喰らえば死んでもおかしくないほどの傷だ。
それでも彼はバロールに戦いを挑もうとしている。
もう彼の武器である爪は折れて砕け、牙もオリハルコンの怪物には歯が立たない。
打つ手はないはずなのに、シートはまだあきらめていないのだ。
そしてシートは何かを強く睨みつけている。
その場に何かがあるのだろうか。
ボクがシートの見ている方向を見ると、そこにはバロールの暴れている土煙の中に、キラリと光るものが見えた。
あれは……ホームさんの使っていた折れたオリハルコンの剣!
そうか、シートはあの剣を見ていたのか。
しかし今彼がアレを手に入れるのははっきり言って厳しいというより不可能に近い。
まず、バロールの猛攻を潜り抜けないとあの場所に辿り着けないからだ。
その上、今のシートの満身創痍の状態では走ることどころか、歩いてあそこに辿り着くのも無理だろう。
彼の今考えているのはあの剣があればバロールと戦えるのにという悔しさだろうか。
ボクはどうにかしてあの折れた剣をシートに渡す方法を考えた。
地面を流れる流砂にすればシートを剣の所まで連れて行くことは可能だが、そうなると今度は剣を手に入れた後に流砂から這い出すのが厳しい。
地面を氷にしたとしてもそうだ。
今度はバランスを取れるほど体力が残っていないので倒れたら今度こそ立ち上がれない。
やはりここはボクがあの剣を手に入れるしか方法は無さそうだ。
ボクはバロールの本体をけん制しつつ、地面に刺さったオリハルコンの剣に向かい走った。
ボクが倒したのでビットを全て失い、大魔女エントラ様とアンさんに目を集中攻撃され、右腕を砕かれたバロールの武器で残っているのは体当たりできる巨体と自在に動く左腕だけになっている。
その左腕は流石に動きすぎたのか、今は空中に止まったままになっている。
しかしそれがいつ動き出してもおかしくはない。
事態は一刻を争うのだ。
ボクはバロールの足元をスライディングし、見つからないように移動して地面に刺さった剣を新生エクスキサーチで弾いて地面から引き抜いた。
刃を直接持っただけで手が切れる。
だが今はそれ以外にシートにこの折れた剣を渡す方法が無いのだ。
痛い、流石はオリハルコンと言ったところか。
持ち方を間違えばボクの手がスッパリ切れてしまう。
ボクは布の切れ端で剣の刃を包み、血だらけの手でシートのいる方に放り投げた。
「これを受け取ってくれっ!」
「ワウォオオーンッ!!」
フロアさんならシートがどう思っているのかを聞けるだろうが、彼も今はバロールの本体相手に攻撃をしているのでそんな暇はない。
それでもシートの今考えていることはボクに伝わってくる。
彼はこの折れたオリハルコンの剣があれば戦えると言っているのだろう。
シートがボクの投げた、折れたオリハルコンの剣を口で銜えた。
そして牙で剣を噛みしめ、強く踏ん張ってバロールの左腕を待ち受けている。
そんなシートにバロールの左腕が再び動き出し、襲い掛かった。
だが今度は、シートがその攻撃を避けながら横をすれ違いざまに切り裂いた。
ピキィンッ!
軽く高い音が響く。
それはオリハルコン同士が激突した音だった。
シートの銜えたオリハルコンの刃は、バロールの爪を切り裂いた。
バロールの三本あるうちの爪の一本が砕け散った。
そう、オリハルコンの刃で切り裂かれたためだ。
シートはオリハルコンの刃を血だらけの口で銜えながらバロールの左腕を睨んでいた。
そんな彼にヒビの入った爪が襲い掛かる!
しかしシートはその爪を躱し、低く体制を変えた。
その直後、オリハルコンの剣を咥えたシートの後ろ脚にいきなり妹のシーツが強く噛みついた。
仲間割れでは無いのだろうが、彼女は一体何をしようというのだろうか?




