686 砕け散った爪
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聖狼族のシートとシーツの二匹は今戦っている。
相手は山ほどの大きさもある古代の殺戮兵器だ。
ユカ達人間よりも大きく成長した聖狼族の双子からしても、バロールと比べるとサイズはアリと象というくらいのサイズ差だ。
バロールはユカ達の攻撃で全身がズタボロになり、主力武器も眼からの破壊光線に不具合が生じ、残っている武器はオリハルコンの爪が付いた左腕だけになっている。
だがいくら弱っているとはいえ、世界最強の破壊神と呼ばれた怪物だ。
その左腕だけでも、並のモンスターを束にしたよりも強い。
ユカ達と共に数千数万の魔族のモンスター軍団と戦ったシートとシーツの二匹だったが、バロールのオリハルコンの爪には傷一つつけられないようだ。
反対に彼等の武器であるゾルマニウムクローは攻撃をする度に破損し、攻撃すればするほどボロボロになっている。
それでも彼等は少しでも多くバロールの腕に立ち向かおうとしている。
それは彼がバロールに操られ、ユカ達に牙を剥いてしまったことへの償いだと思っているからだろう。
シートは血を流してでもユカに襲いかかるバロールの左腕に攻撃し続けた。
だがその度に弾き飛ばされ、その衝撃を食い止めようとシーツが兄の身体を受け止める。
そんな無茶な戦い方をして身体が持つ訳が無い。
双子の狼は全身から血を流し、それでもバロールに歯向かい続けていた。
「二人共、無茶はよしてくれっ! そのままだとボロボロになってしまうぞ」
「ウォオオオーン!」
ユカの叫びに対し、シートは高らかに咆えた。
それは拒否だったのか、それとも自身に任せてくれという宣言だったのか。
シートは大きく咆えた後、爪を立ててバロールの左腕に飛び掛かった。
バキイイィィン!
鈍い音を立て、シートの装備していたゾルマニウムクローは粉々に砕けた。
何度もの衝撃と最強硬度の金属であるオリハルコンに挑んだ結果である。
爪を失ったシートにはもはや戦う武器は残っていなかった。
それでも彼はあきらめず、バロールの左腕に飛び掛かった。
しかし結果は無様なものだった。
どうにか爪のおかげで戦えていたシートだったが、丸腰とも言える状態ではバロールの爪を弾くこともできず、その銀色の毛皮ごと肉を鋭くえぐられてしまったのだ。
おびただしい血を流し、それでもシートは倒れず立っている。
はっきり言って致命傷とも言える傷を受けながらも彼が立っているのはもはや誇り、プライドだけだろう。
妹のシーツは兄のシートが倒れないように横に寄り添い、身体を支えている。
だが何度も弾き飛ばされた兄を受け止めていたシーツの身体の骨もボロボロになっていた。
双子の狼はボロボロになり、それでも戦おうとしているのだ。
「二人共、無茶はやめて! せめて傷を癒さないと……」
エリアが双子の傷を癒そうとした時、バロールの爪が彼女を襲った。
「キャアァアッ!」
ユカもエントラもフロアも、全員がバロールの別の場所と戦っていて誰もエリアを守ることが出来ない。
そんな中でエリアを庇うためにシートはバロールの左腕に飛び掛かり、エリアへの攻撃の身代わりになった。
「ギャオオォンッ!」
バロールの爪はシートの内臓を深く抉り、彼はついに倒れてしまった。
「シートォォオ!ッ‼」
彼に庇われたエリアは癒しのスキルで彼の傷を癒そうとした。
だが時間をかけていてはバロールの腕に今度こそズタズタに切り裂かれてしまう。
そのため、エリアはシートの傷を最低限しか癒すことしかできなかった。
「グルゥウウ……」
少し傷の癒えたシートは立ち上がり、不完全な治療の状態でなおバロールと戦うとしていた。
そんな彼の眼に、一つの光が見えた。
それは、先程の戦いでホームがバロールと戦った際に折れたまま地面に刺さったオリハルコンの剣の刃だった。
シートはその剣目掛け、走った。
この刃があれば戦える、彼はそう考えたのだ。




