65 モッサールの掟
「エリア……出来る……の?」
魔素に侵された生き物はそのままモンスター化するものだ。本来は元の姿に戻る事はなく、この目の前の子猿はゴブリンになろうとしている。
「私が……助けます!」
エリアがはっきりとした口調で話し、強く目を見開いた。私はこれ程意思をはっきりと示したエリアを見るのは初めてだ。
「エリア様……魔素は他の者も取り込みますわ。下手な事をすると貴女まで魔素に取り込まれますわ」
「ルームさん、大丈夫です!」
エリアの意志はとても強い物だった。私はエリアの周りにとても強い白いエネルギーの流れが見えたような気がした。
「エリアちゃん、無茶しちゃダメよ……」
「さあ、手を握って」
「キィ…………、ギギャァィ……」
魔素に侵された子猿は毛のないむき出しの緑色の肌で耳が尖りだしていた、これはよく見かけるゴブリンの姿に似ている。
「オイ! エリア! 本当にこいつを助けれるのかよ!!」
フロアという男は気が動転しているようだった。動物の事でここまで取り乱すのは尋常ではないと言えるだろう。
「大丈夫です……もう少し、待ってください」
エリアはゴブリン化している子猿の手を強く握りしめ、意識を集中し始めた。
ガブッ!!! 意識を保てなくなってきた子猿はエリアの指に嚙みついた。
「エリア様! このっ! ゴブリンが! 何をするのですの!!」
「ルーム! 今はエリア様に任せようっ!」
エリアは噛まれた痛みよりも子猿を助ける為の意識の集中の方が強かった。指から血が出ているがそれを全く気にしていないようだ。
「私の持てる力で……この子を助けます!」
エリアの集中した意識は他の人にも見えるくらいはっきりとした白いエネルギーの奔流になっていた。
「正しき力よ、悪しき力に侵された小さきものを助ける力を我に!」
「レザレクション!!!」
!!!!!
エリアの秘められた力が奇跡を起こした! 魔素に侵され、もうゴブリンになるだけだった子猿は全身から黒いエネルギーが抜け出し、緑色だった肌は綺麗な茶色い毛皮に戻り元の可愛らしい子猿の姿になって寝息を立てていた。
「これが、この黒い石が魔素の塊ですわ! これを砕かないと!」
「ルーム! やめるんだ!!」
魔素の塊は砕いたところで何の解決にもならない、むしろ砕かれた事で辺り一面に更なる邪悪なエネルギーの汚染が広まるだけだ。
「私に任せてください!」
エリアは黒い魔素の塊の石を両手で拾うと強くその石を睨みつけた!
「邪悪な力よ……消え去れ!!」
エリアの手から黒い石に白いエネルギーが大量に注ぎ込まれた! 注ぎ込まれたエネルギーは黒い石を少しずつ空気中に溶かし、エリアの手の中で黒い石は完全に消滅した。
「凄い! 凄いよエリア!!」
「ユカ……私、やりました」
エリアの力は凄い物だ、歴史上で数える程の聖女や大神官、大司教、法王だとしてもこれ程の奇跡を起こせるわけがない、これは女神そのものともいえる程の力だ。エリア……彼女、本当は一体何者なのだろうか……。
「お前達……いや、あなた達は一体何なんだ!? 俺の知っている人間とは違う! 人間ってもっと醜くていやらしい物だと思っていた! だがあなた達は俺の今まで見てきた人間とは違う」
「いいえ、ボク達も人間です。ただ、人の為に何かできるかどうかだけですよ」
「頼みがある! 俺は獣使いのモッサール族の生き残りだ。モッサールの掟は『相手に受けた恩は返せ、相手に受けた仇は命を懸けて遂げろ』……俺はあなた達に森の仲間を助けてもらった、この恩を返させてほしい!」
どうやら私達は勘違いをしていたようだ、このアフロは魔獣使いではないようだ。
「ボク達に何を?」
「……俺を……連れて行ってくれ!」