597 経験値の差
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シートとシーツの兄妹は、肩を寄せ合いながら背中越しに合図した。
『シーツ、いいか。お父さんが右から来るとすればお母さんはそのタイミングに合わせて左から来る。片方だけに気を取られたらダメだ!』
『わかった、お兄ちゃん!』
シーツはその白い体を低くして構え、上空からの攻撃に備えた。
まさか地面の下から出てこないだろうと見た作戦だ。
一方のシートは周りの木々の動きを見ている。
人狼化した銀狼王ロボはどこから攻めてくるかわからないので、木々の動きからの場所を把握しようというのだ。
『さあ来い、ぼくは逃げも隠れもしない!』
シートは父、銀狼王ロボの攻撃を待ち構えた。
木々がざわめく、シートはそこから攻撃が来ると予測した。
だが、予想は大きく外れた。
シートが予測した方向の反対側から銀狼王ロボは襲ってきた!
とっさの判断でその爪を避けたことでシートはかすり傷で済んだ。
しかし、その攻撃を避けた直後、木々のざわめいた場所から今度は人狼化したブランカが襲い掛かる!
それを体当たりで弾いたのはシーツだった。
シートとシーツの兄妹は肩で息をしている。
それに対し、銀狼王ロボとブランカの二人はまるで疲れが見えないようだ。
その力量には明らかに差があった。
これが生まれついての戦いの経験値というものなのだろう。
このまま戦っても兄妹は体力を消耗するだけで勝ち目は見えない。
『どうした、諦めるか? それもいいだろう。だが、それなら二度と聖狼族を名乗るな。人間の愛玩動物として一生を送るのも悪くは無い。それもお前の選ぶ道だ』
『ふざけるなっ! ぼくは飼い犬なんかで終わらないぞっ‼』
『ほう、心意気は立派だな。だが、それで……死ぬかもしれないのに、それでもこの父に戦いを挑むか?』
『勿論だ! ぼくは誇り高き聖狼族、お父さんの……銀狼王ロボの息子だ!』
『わたしもです。お父さま、お母さまに勝って、初めて一人前と認めてもらえるなら、わたしもお兄ちゃんといっしょに戦う!』
聖狼族最後の生き残りの兄妹は、死ぬ覚悟で父と母に戦いの決意を示した。
『よかろう、では……もう手加減は一切しない、全力でお前達を殺す気で相手してやろう!』
銀狼王ロボとブランカは二人で一緒に全く同じタイミングで襲い掛かってきた。
片方を避けようとするともう片方から攻撃される。
兄弟は両親の容赦無い猛攻撃を耐え続け、全身傷だらけになっていた。
『どうした、言うだけで反撃もできないのか!』
『くそっ! もう少し……もう少しだ』
シートはこの森の中を走り回り、大体の地形を把握した。
その上で妹のシーツにあることを頼んでいたのだ。
『シーツ、ボクが父さん達を引き付ける。その間に川の流れている場所を見つけてくれ。そしてその地面を深く掘って欲しい』
『お兄ちゃん、わかった』
シートは一匹で銀狼王ロボとブランカの攻撃をしのぎ続けている。
そしてシーツは川を見つけ、その地面を爪で大きく抉るように掘った。
『お兄ちゃん、やったよっ!』
シートの抉った場所から川があふれ出し、辺りの地面を泥沼にしてしまった。
『やった、これで!』
シートは川の流れてくる音を聞き、とっさの判断で濡れていない大木の上に飛び乗った。
『何!? 何が起きたのだ?』
『アナタ、あれをっ‼』
銀狼王ロボは濁流の流れをもろに浴び、その足元をぬかるみに取られてしまった。
『くっ! まさかこんな手を……』
『お父さん、ぼくは今こそあなたを超えますっ!』
大木の上からシートは大きく跳躍をし、崖の上の方目掛けて一気に駆け上った。
一方、シーツは足をぬかるみに取られた銀狼王ロボの足元を狙い、噛みついて離さなかった。
『この牙、絶対に放しません!』
ブランカは必死にシーツを銀狼王ロボから引き離そうと攻撃したが、彼女は痛みに耐え、噛みついた牙を決して外そうとしなかった。




