593 二匹を呼ぶ声
サラサさんはフワフワ族の巫女だ。
その彼女が踊りの中で何かを感じたらしい。
どうやらこの踊りは、魔法的な儀式の踊りだったようだ。
「サラサさん、呼ぶ声って何ですか?」
「この声……父、母が子供を呼んでいる……、場所、ここからそう遠くない」
サラサさんが言うには、ここからそう遠くない場所で誰かの両親が子供を呼んでいるらしい。
「サラサさん、もう少し詳しく分かりますか?」
「いや、お告げこういうもの……後はその者が気付くこと」
その者と言っても、誰の親が誰を呼んでいるのだろうか?
どう考えてもボクやホームさん、ルームさん達ではない。
フロアさんやサラサさんなら本人たちが何か感じるだろうからそれもないだろう。
エリアさんも違うだろうし、ここにはカイリさんやマイルさんもいない。
大魔女エントラ様やアンさんなら本人が気づくだけの魔力があるだろうからそれもあり得ないだろう……。
そう考えると……ボクが思い当たる可能性を探していた時、高らかに咆えたのはシートとシーツの二匹の兄妹だった。
「アオォーーーン!」
「キャオォーン!」
‼ そうか、この二匹のことを忘れていた。
ソウイチロウさんの記憶を共有しているボクが知っているのは、この二匹は盗賊の住処で魔獣使いに操られて死んでしまった銀狼王ロボとその奥さんのブランカの子供だ。
盗賊の住処は旧ヘクタール領の近くで、ここからだとそう遠くはない。
その場所からの両親の思いを巫女のサラサさんが受け取ったなら、確かにサラサさんの受けたお告げは、親が子供を呼ぶ声ということにも当てはまる!
「そうか、シートとシーツだ!」
二匹の狼の兄妹はしっかりとした目でボクを見据えている。
その目から伝わってくるのは、両親に会いたいという思いなのだろう。
「二匹とも、行こうか!」
「「ワオォォーン!」」
ボクの呼びかけに二匹はとても嬉しそうに咆えた。
二匹は最初、あまり食欲が無かったようだったが、ボクが彼らの親に会おうと言ったらとても元気になり、山盛りにしていた骨付き肉を残さず平らげた。
「凄い食欲じゃのう、よほど嬉しかったのじゃろう」
「あれ? アンさんは気付いていたのですか?」
「まあ、薄々な。しかし何でも教えては成長が無かろう。じゃから黙っておったのじゃ」
この人はやはり相当長年生きてきたとわかる。
アンさんは優しい目で嬉しそうな二匹の兄妹を眺めていた。
◇
次の日、ボク達は盗賊の住処のあった山岳地帯に向かうことにした。
「あれ? エントラ様は?」
「どうやら調べものがあるらしく、昨日からずっと部屋に閉じこもったまま出てこないみたいじゃな」
「そうなんですね」
みんなは呆れたというより、まああの人なら仕方ないなといった感じでその場を流していた。
「ほれ、乗るがよい。ボヤボヤしている時間は無かろうて」
「アンさん、ありがとうございます」
アンさんが紫のドラゴンになり、ボク達を背中に乗せてくれた。
サラサさんはもうこの姿を見たことがあったが、ウルツヤ様は初めて見たアンさんの変身した紫のドラゴンを見て腰を抜かしてしまっていた。
「すまんすまん、いきなりこの姿を見せて驚かせてしまったようじゃな……」
「いえ、ドラゴンの神、儂……とても素晴らしい!」
ウルツヤ様はアンさんの背中に乗せてもらえたことがとても嬉しかったようだ。
その表情はまるで子供のように純真に空の旅を楽しんでいた。
「もう少しで着くぞ。皆の者、舌を噛まぬようにな」
アンさんの変身したドラゴンの飛ぶ速さは、徒歩だと数日かかる距離をあっという間に飛び越える!
ボク達は朝方出かけたが、盗賊の住処だった山岳に到着できたのはお昼前だった。
「どうやらここみたいですね」
ボク達は山岳の見晴らしのいい場所、大きな牙を墓標代わりに立てた銀狼王ロボとその奥さん、ブランカの墓の前に立った。




