573 久々の水浴び
◆◇◆
アンさんの飛ぶ速さは空中戦艦を大きく上回っていた。
本気を出したアンさんの速さは、空中戦艦の追撃をあっという間に振り切り、ボク達は無事フワフワ族の集落の近くに来ることができた。
「ふう、一時はどうなるかと思ったよ」
「どうじゃ、これがワシの本気じゃ。まあ少し気分悪くなったのもいたかもしれぬが、すまぬのう」
「だ……大丈夫です……わ。この程……度」
「ルーム、無理しなくていいよ。今凄い顔色しているよ」
「うげぇぇェ、気持ち……悪いです……わ」
どうやらルームさんがあまりの速さに酔ってしまったようだ。
彼女は人に言えない状況で、地面に向かってゲロを吐いてしまっていた。
みんなあえて別の方向を向いているのが優しさなのだろうけど、ルームさん本人には後々辛いかもしれない。
「ルーム嬢、別に吐いても構わんが、ワシの鱗にはかけんでくれ」
「うげぇえええっ」
なんとも哀れ。
アンさんの自慢の紫の鱗にゲロがついてしまった。
「なななななんじゃこれはぁあっ! 仕方ない、一度降りるぞ」
アンさんはそのまま湖のすぐ近くに降り、すぐに少女の姿に変化した。
「ワシが気持ち悪いのじゃー、すぐに水浴びをさせるのじゃー!!」
まあ自慢の鱗にゲロをかけられたら、流石に慌てるだろう。
それでもアンさんが人格者なので、ゲロをかけたルームに怒るわけではなかったから、それ以上のトラブルは起きなかった。
「イオリ様、大変申し訳ござませんわ。私としたことが……」
ルームさんがものすごく落ち込んだ表情でアンさんに謝っている。
「まあよいわ。洗えばすぐに綺麗になるからのう。それよりも、いきなり速度を上げたことで負担をかけてすまんかったのう」
「いいえ、そうだったとしても私の落ち度には変わりありませんわ。何かお詫びをさせてもらわないと私の気が済みませんわ」
「そうじゃのう……それでは、ワシのことを洗ってくれるかのう」
アンさんは湖からルームさんに向かって掬った水をかけた。
「キャッ!」
「ふははは、まあお返しじゃ。こっちに来るのじゃ」
全身びしょ濡れになったルームさんが不敵な顔になって服を脱ぎだした。
「やってくれましたわね! お返しですわっ!」
「ユカは見ちゃダメッ!」
ボクはエリアさんに手で目を隠されてしまった。
そしてそのまま別の方に向かされ、手を離してもらった。
「ユカさん、まあ俺達はこっちで水浴びをしましょう」
「そうですね、少しゆっくりしますか」
ボクは男同士、フロアさん、ホームさん、そして銀狼のシートと一緒に水浴びをした。
女の子達は、ルームさん、アンさん、サラサさん、大魔女エントラ様、そして白狼のシーツで水浴びをしている。
エリアさんは湖には入らず、湖のほとりで佇んでいた。
たまにはこんな日があってもいいよな。
ここ数日ずっと戦ったり命の危険に振り回されたりでゆっくりできる時が無かった。
「ユカ様、水浴びが終わったら食事の準備をしましょう」
「そうだね、少しお腹空いてきたよね」
手早く水浴びを済ませたボクとホームさんは夕食の準備を始めた。
フロアさんが近くから取ってきたグレートボアを焼いて主食にし、後は木の実やシートの捕まえた魚などを焼いて食事した。
ボク達は今日はこの湖の近くでキャンプをし、次の日再びアンさんの背中に乗せてもらいフワフワ族の村に向かうことにした。
「今日は少しゆっくりした速度にするからのう、もうワシの鱗に嘔吐せんようにな」
「イオリ様、もうその話を蒸し返さないで下さいませ……」
ルームが少しむくれた顔をしている。
それを見てエントラ様がクスクス笑っていた。
「さあ、それではふわふわ族の村に向かうぞ」
アンさんが紫のドラゴンの姿になり、ボク達を乗せたまま空高く舞い上がった。




