535 絶望を喰らう魔族
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人間が全て滅びた村にいるのは魔将軍アビス、アナ、ブーコの三人だけだ。
後はその辺りをうろついているゾンビやスケルトンが死体を食べている。
「どうも美しくないわ」
「お姉様、美しくないとは? 醜い人間どもがいなくなってスッキリしたと思うんですが」
「わかってないわね。まあいいわ、教えてあげる。恐怖は見えないものに宿るのよ」
「あーん、そう言われてもよくわからなーい」
「フフフ、まあいいわ。目の前で見せてあげる」
アビスはそう言うと二人の眷属を連れ、村の真ん中に移動した。
「さあ、かりそめの命、生前の記憶をあげるわ。キャハハハハッ!」
アビスが魔力を解き放つと、無秩序に動いていたゾンビが動きを止めた。
「ア……ア、ああ? オレ達何をしてたんだ?」
「何だ何だ、村が凄いことになってるぞ」
「とにかく片付けよう、モンスターが来たから逃げた後だったかもしれない」
アビスはクスクス笑いながら上空でアナとブーコと一緒に下を見下ろしている。
「お姉様? アレは一体?」
「フフフ、あのゾンビ達に人間の時の記憶と知性を持たせてあげたのよ」
「そんなことに何か意味あるのですか?」
「ブーコ、お姉様に生意気な事言ったら、殺すわよ」
「あら、殺すって……アタシって不死身のバンパイアリーダーなんですけどー」
アビスが二人を両手に抱えてその目を覗き込んだ。
「二人共、ケンカはだーめ、まあ見てなさい」
「「はい、お姉様……」」
目の中をハートにしたアナとブーコはアビスの言いなりになっている。
そして恐るべき三人が下を見ると、村人のゾンビ達が生前と同じような動きで村中を掃除し始めた。
掃除している中にはスケルトンまで混ざっているくらいだ。
アンデッド達が仲のいい村人を演じているその光景はとても奇妙としか言えないものだった。
そして夕暮れ近くになり、村中がピカピカで綺麗に掃除され、食事の良い匂いが辺りに漂っていた。
「そろそろ頃合いね、二人共下に降りるわよ」
「「はい、お姉様」」
三人の魔族が下に降りると、ゾンビの村人達は怯え、武器を持った。
生前の記憶がそうさせたのだろう。
「ご苦労さん、アンタ達はもう用済み……さあ、二人共、美味しくないかもしれないけど、全部食べちゃいましょう!」
「「はい、お姉様」」
魔将軍、ダークリッチ、バンパイアリーダー。
S級モンスター二匹とSS級以上の三人はアンデッドの群れを一瞬で葬り去り、全てを食べつくした。
そして村に残ったのは……生活の跡がそのまま残った光景だった。
「どう? これが恐怖よ。普通に暮らしていたはずの人間達がある晩、いきなり全員姿を消したなんて噂が辺りに広まったら、正体のわからない恐怖が噂としてどんどん広がっていくのよ、キャハハハハッ!」
「お姉様、流石ですわ。人間共の恐怖、なんて甘美な響きなのかしら……」
ダークリッチと化したアナは恍惚の表情を浮かべている。
そんな彼女の前に、意図せぬ人物が姿を見せた。
「おねえ……ちゃん?」
なんと、この村の最後の生き残りがいたのだ。
生き残ったのはアナの弟だった。
幸いか不幸か、彼は身を守るため、母親によって納戸の中に鍵を閉めて閉じ込められていた。
それがゾンビ達のかりそめの日常の生活ルーチンの中で納戸の鍵を開けたことによって外に出ることができたのだ。
「あら……コウじゃない」
「あは、やっぱりおねえちゃんだ。ぼく、お母さんにいわれておとなしくへやの中にいたんだよ」
アナが弟のコウを優しく抱きしめた。
「つかれたね、おやすみ……コウ」
「うん、おねえちゃん……だいすき」
アナは安心しきったコウの頭を一瞬で握りつぶした。
「フフフフフ……ハハハハハハハァァッッ!!」
そこにいたのは彼の知る優しい姉ではなく、人間の絶望を喰らう魔族でしかなかった。




