52 お客様は何度も来ていただく神様です
一流商人だったマイルさんのスパルタコーチによって、オトリの為に作られたはずの商売の素人だった二流の旅劇団は劇もできる商人軍団に変貌した。
「貴方方は元々劇団員です、それを使えば商売を寸劇で再現する事が出来ます」
日本にも古来からガマの油売りといった口上を見せる事で商品を売る商法は存在した。マイルさんのやり方はそれに近い物がある。実際劇場型販売はマーケティングに相乗効果がある。
私も『トライア』での“ドラゴンズスター”シリーズの新作発表会では俳優を呼んだコスプレでの制作発表等を企画した事が何度かあった。
その中でもやはりユーザーの度肝を抜いて注目を集めたのは、“ドラゴンズスターⅣ”のスーパーファミリードライブ版制作発表会で見せた『本物の鍛冶職人が作った光の英雄の剣、サイコキャリバー』を装備した伝説の英雄、アルテアの登場だった。
それは海外のアルテアそっくりの映画俳優にオファーを取り、本物の鍛冶職人に作中最強の剣を伝統の日本の刀匠の技術で作ってもらったモノだったのだ。
バブル時代だったとはいえ、今考えるとよくこの提案が通ったものだと今でも思い出す。
それと“ドラゴンズスターⅤ”の制作発表会の時はサーカス団の人に協力してもらい、鉄柵を置いた上で作中に出てくる主人公の親友で使い魔の『獣王ボロンゴ』を本物のライオンを使いホテルの大ホールに連れてきたのだ。
これは良くも悪くも大ニュースとして取り上げられた。
このように見た目のインパクトのある劇場型販売はインパクトがあるだけに初見の集客効果は抜群なのである。だが、これにはデメリットもある。
モノがインパクトに負けるとただの見た目で騙した詐欺と言われかねないのだ。
しかし、マイルさんのスパルタコーチで一級の商人のイロハを教えられた彼らは、商売も演劇もできる一級集団になったのだ。
「商売の基本は安く買い、そして高く売る事です。しかし、やってはいけない事があります!」
「マイル様、それは一体何でしょうか?」
「オンスさん、私が商売をする上で絶対にやらないのは、『一度だけの客に売りつける事』です。つまり、安かろう悪かろうや、高い物を売りつけるだけではお客様は二度と買ってくれないのです」
「すみません、いまいちよく分からないのですが……」
「お客様にはリピーターになってもらうのです。一度だけではなく、それからもずっと続く間柄になってもらう事、それが長く商売を続ける方法です」
マイルさんの言う事はもっともである。ゲーム制作でもそれは言える事、納期や予算で妥協したクソゲーを作ってしまえば一時期的には話題になるかもしれない。
しかし、それで次回作を買ってくれるかと言えば信頼を失墜したゲームメーカーが信頼を取り返すのは数年、下手すれば十年以上かかるのである。
それを全く分かっていない元銀行屋で証券会社から出向して来た『トライエニアックス』の新社長はゲームなんて所詮投資の材料でしかないと見ていて、その場の売り上げだけが全ての新規客への売り逃げスタイルと過去作品のリメイク乱発で本来のユーザーの信頼を失墜させ、彼らを大量離脱させてしまったのだ。
「マイル様! 我ら一同、貴女様に感服いたしました! ディスタンス商会再興のあかつきには是非とも貴女様の下で働かせてください! 劇団員でもキャラバン隊でも何でも致します!!」
「え……と言われてもー、あーしそこまで責任持てないよー!」
突然のキャラバン隊の服従宣言にマイルさんは言葉遣いが混乱していた。しかし、彼女についていきたいと思うだけの人がいる、それはマイルさんのカリスマであり、才能でもあった。