531 よみがえる死体達
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二人の魔族の前には哀れな死体が横たわっている。
先程まで少女だったものだ。
幸いと言っていいのか少女は血を流すことなく、窒息死させられてしまったため、周りに血は飛び散っていない。
また、魔将軍アビスが魔法で犠牲者の感情を最終的に取り除いたため、体液や汚物を撒き散らすこともなかったので、死体はとても綺麗なままの姿だ。
「アナタ、それを吸いなさい」
「ハイ……お姉様」
村長の娘だったアビスの眷属は鋭い牙を突き立て、少女の血を一滴残らず吸い尽くした。
その場に残ったのはカサカサに絞りつくされたミイラのような姿だ。
「美味しい……人間の血ってこんなに甘くて豊潤で素敵な味だったのね」
魔族の少女はうっとりした表情で舌なめずりをしている。
これは禁断の味を覚えてしまった表情だ。
彼女は完全に人間であったことを忘れてしまっている。
「どう? 美味しいでしょう。 それはね、悲鳴と苦しみを与えたことで人間の血がさらに美味しくなったのよ」
「素敵……人間を苦しめればもっと気持ちよく、そして美味しい思いができるのね」
魔族の少女の表情がアビスと同じものになっている。
「そうよ、アナタ……アタシちゃんともっと楽しいコトしたくない?」
「ええお姉様。是非……」
アビスはその場に転がっていたミイラ化した犠牲者の少女に目を向けた。
「そうね、これを使って楽しい遊びをしましょう」
「え? お姉様。そんな吸いカスのゴミをどうするの?」
「ゴミでも使い方があるのよ、まあ見てなさい」
アビスはミイラ化した少女に対し、自らの体液を口に流し込んだ。
すると、犠牲者の少女のミイラ化した死体がどんどん生前の姿に戻っていく。
そして数分もすると、生きていた時と同じ姿に戻った。
「お姉様、すごい」
「この娘を使ってこの村に阿鼻叫喚の地獄を見せるのよ、楽しそうじゃないかしら?」
「ええ、是非とも人間の苦しむ姿が見たいですわ」
邪悪な二人はそう言うとその場から姿を消した。
犠牲者の少女が家に戻ってこないことを不審に思った家族が、死体を見つけたのはその少し後だった。
「大変だ! 誰か死んでるぞ!!」
◆
次の日、村では全員が列席する葬儀がしめやかに執り行われた。
村長の娘は気分が悪いと言って部屋を閉め切って出てこようとしない。
「アナさん、可愛そう」
「そりゃあ親友がこんな変わり果てた姿になってしまったらね。落ち込むと思うよ」
アナとは村長の娘の名前らしい。
村人は突如消えた謎の少女が犯人ではないかと疑っているが、肝心の少女はベッドから忽然と姿を消した。
不審に思いつつも、村人は亡くなった少女の葬儀の方を優先した。
少女の棺が墓地に埋められ、神への祝福の言葉を神父が唱えた。
「おお神よ、この少女に死後の祝福を与えたまえ……」
祈りの言葉が捧げられ、葬儀の終わった村人達は墓地から家に帰っていった。
◆
その日の夜、墓地にアビスが姿を現した。
「さあ、目覚めなさい。アタシちゃんの僕たち」
ボゴッ! ボゴゴッ! グァアアアッ!
なんと、墓場から次々と死体や白骨が這い出てくる!
アビスの邪悪な魔力でよみがえったアンデッドの群れだ。
「お姉様、素敵です。早くこの僕たちで村を滅ぼしましょう!」
「ダメよ、このまま襲わせたら面白くないわ。もっと恐怖に怯えてもらわないと……だから、この娘、そう……死んだばかりのこの娘が人間を襲うから面白いのよ」
なんとアビスの考えていたのは、昨晩殺した少女を使った阿鼻叫喚の惨劇だったのだ。
殺した少女を使い、その死体をよみがえらせて村人に恐怖を与えて村を滅ぼす。
アビスの計画は悪魔そのものだった。
思考を持たない哀れな死体は、アビスの言うがままに村に向かい歩いた。
それはまさに荒野を歩く死神の列ともいえる物だった。




