514 お前の名は……
召使いの少女は崩れ落ちそうな牙城のコロシアム跡地でパンデモニウムの身体に寄りかかっている。
「危ない、ここを逃げるんだ!」
「イヤ! 誰が人間のいうことなんてっ」
召使いの少女はボク達の言うことを全く聞こうとしない。
彼女はボク達を敵と見ている。
まあ実際、彼女の主人だったパンデモニウムを倒したのはボク達だ。
だけど今このまま彼女を放っておくと、瓦礫の下敷きになってしまう。
どうにか彼女をあの場所から動かさないと、憎まれたとしても命を失うよりはマシだ。
「ユカ、下手なことは考えない方が良いからねェ」
「エントラ様?」
ボクは彼女をあの場所から引きずっても連れて行こうとしたが、大魔女エントラ様がそれを止めた。
「あの子、口から血を流しているからねェ。下手に連れて行こうとすると自ら舌を噛み切って死ぬ覚悟だよ」
そうだったのか。
しかしもう時間は無い。
彼女を助けるためにはあの場所から動かさないと、このままでは崩れてくる牙城の下敷きになって即死だ。
実際この牙城はバグスのせいでどんどん崩壊している。
アイツは一体どういうスキルを使ったのだろうか?
どこかに弾いたコインが消えたと思ったら途端にその直後牙城が崩壊しはじめた。
ひょっとするとあのコインがとてつもない破壊力を持っているのだろうか。
「ハハハハハハァ、まァキミ達はここで地の底に沈んでしまいなァ! 人類の殲滅は別の方法で実現させるからねェ。せいぜい地の底で何もできずに朽ち果ててしまいなァ!」
彼は自らの立っていた見張り塔の屋根を強く踏みつけ、笑いを上げるとその場から姿を消してしまった。
ボク達全員を地の底に沈めてしまえばもう敵は無いと考えているのだろう。
実際牙城はあちこちがボロボロに崩壊し、一番高かった見張り塔は彼のせいでどんどん崩れ出している。
まずい! あの見張り塔が倒壊したら、真下にいる召使いの少女が即死だ!
「危ない!」
「だからこっちに来ないでぇ!」
召使いの少女が叫んだと同時に、見張り塔が巨大な音を立てて倒壊しだした。
「あ、あああぁぁぁー!」
万事休す。
召使いの少女の上方から倒壊した見張り塔の残骸が降り注いだ。
巨大な横壁や柱といったものが次々と降り注ぐ。
もしあの直撃を喰らえばあの少女は即死だ。
「ご、ご主人様ぁー!!」
誰もがこの後少女の哀れな末路を想像してしまった。
しかし、それを覆したのは……!
「グ、グガァアアアアッ!」
「ご……ご主人……様?」
なんと、倒壊する見張り塔の残骸を全て背中で受け止め、召使いの少女をかばったのは死体だったはずのパンデモニウムだった。
「無事……か……」
「ご主人様。なぜ……人間の私なんか……」
「何故だろうか……俺は死んだと思って……いた。しかしどうしても心残りがあり、死んでも死にきれなかったのだ」
「そ……それは?」
「お前……に名前をやろう……と、言った。その約……束を……叶えられ……ないのが……」
「ご主人様! それ以上しゃべらないで下さい! お体が……」
パンデモニウムは召使の少女を助けるために、最後の力で立ち上がったのだ。
だがもう彼は身体が次々と崩壊し始めている。
「カ……ダン……」
「カダン?」
「お前の……名……だ。いつも花で部屋を……キレイにして……くれ……た」
「カダン。私の名前は、カダン……」
そう言うと、パンデモニウムはもう言葉を発することは無かった。
カダンはそんなパンデモニウムに寄り添うように立っている。
「ユカ! ここはもう危険だからねェ!」
「皆、ワシの背中に乗るのじゃ! ここを脱出するぞ!」
ボク達はその場にパンデモニウムとカダンの二人を残し、崩壊する牙城のコロシアム上空から一気に空に脱出した。
空からボクが下を見下ろすと、先程ボク達のいた牙城が音を立て、全てを呑み込み地の底に沈んでいった。




