494 半年の猶予
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エントラは兄が好きだった。
優しく強い兄は、弱い人のためにその力を使おうといつも努力していた。
しかし、少しの行き違いで兄とエントラは全く別の人生を歩むことになった。
そして、戻ってきた兄、ゲートは比類なき魔力で自らを追放したアポカリプス一族を滅ぼした。
エントラの大好きだった兄は、一族を滅ぼした最も憎むべき相手になってしまったのだ。
滅ぼされたアポカリプス一族の敵を討つため、エントラの魔法研究は長命種の時間を使った長い時を経て、常人には決してたどり着けない領域に達していた。
そんな彼女を短命種ながら認めさせたのが天才的な魔法使い、魔法王と呼ばれたテラスだった。
しかし短命種の時は短い。
テラスは遥かなる昔にこの世を去り、エントラは長い時の孤独を一人感じていた。
エントラがかつての旅仲間だった竜王ヘックスに憎まれ口を叩くのは、長い時を生きる唯一の仲間だからとも言えるだろう。
しかしそんな彼女の元に現れたのは、テラスの子孫のホームとルームだった。
隠遁生活を送っていた彼女が再び人々の前に積極的に姿を現すようになったきっかけはユカだと言えるが、弟子を育てようと思えるようになったのはホームとルームの二人がいたからだとも言える。
もう彼女は孤独ではなかった。
その力を使って人を助けることに生きがいを感じたエントラは、もうただ復讐のために魔力を磨く日々から解き放たれていたのだ。
だが偶然とはいえ、魔将軍として姿を現した兄ゲート。
彼との戦いはエントラの長い人生にとって決して忘れられないものになった。
超えるべき存在だった兄。
今この二人だけしかいない空間で、エントラは兄であるゲートを倒した。
それも魔力に乏しかった彼女が自ら編み出した魔法で、生まれつきの魔法の天才とも言われた兄ゲートを超えたのだ。
「ゲート……」
「エントラ……強くなったな」
そこでにっこりと笑ったのは、魔将軍と呼ばれた冷徹な男ではなく、あの頃の優しい笑顔のままの兄だった。
「兄様」
「お前はもうこの世界で最強の魔法使いかもしれないな。俺の完敗だ」
「そんな、兄様……」
「だが、俺はあきらめたわけではない」
ゲートの表情は魔将軍と呼ばれる冷徹な男のものに戻っていた。
「お前達は……この世界を救えると思っているのか。あれだけの愚かな者達ばかりのこの世界が迎えるのは破滅だけだ」
「そんなことない、兄様は間違ってる!」
「そう思うなら俺を止めてみろ!」
ゲートは怒鳴った。
「俺は今敗れた傷を癒すため、しばらく姿を消す。もう魔王軍も関係ない」
「それならアタシと兄様が戦う理由なんて……どこにあるのねェ!」
「俺は傷が癒え次第、世界を滅ぼす。今度会った時は、エントラ……お前と言えども、殺す!」
「そんな、イヤッ!」
「無理だ、もう俺達は元の時間には戻れない。俺の傷が癒えるのにかかるのは……せいぜい半年といったところか。本当にお前達がこの世界を救えるというのなら、この半年で変えて見せろ」
「やってやるねェ! 兄様がいくらこの世界に絶望しても、アタシが……いや、アタシ達がこの世界を救ってみせるからねェ!」
「せいぜい……やってみろ、妹よ」
ゲートは空間を渡る門を作り、姿を消した。
「さらばだ……」
誰もいなくなった空間でエントラは一人うつむいた。
そして、誰もいないのをいいことに、彼女はいつまでも泣き続けた。
それは兄に対する悲しみなのか、それとも自身の兄を止められなかった不甲斐なさなのか、または誰にも吐き出せない後悔なのか……それは彼女にしかわからない。
そして心の底に残っていた悲しみを全て泣いて吐き出したエントラは立ち上がり、異界の門を開き、みんなの待つ元の世界に戻った。
「さて、いつまでも泣いてられないからねェ。妾の大魔女としての威厳を見せないとねェ!」
吹っ切れた大魔女エントラは、自らを普段他者に見せる態度に切り替えた。




