492 兄の願い
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「お兄ちゃん、うぐっ……ぐす」
「エントラ、どうした?」
「アタシって、ダメな子なの……?」
少女は兄に自分のことを聞いた。
門番の一族は高い魔力を持ち、長命種の人間の中でも一部の限られたエリートだと言える。
しかしこの少女、エントラは短命種の人間よりも劣る魔力しか持っていなかった。
そのため、彼女は一族の中でも常に落ちこぼれと馬鹿にされていた。
そんな彼女を常に守ってくれていたのが兄のゲートだったのだ。
「エントラ、お前のことをいじめるやつはぼくが許さない。お前の敵はぼくの敵だ」
「お兄ちゃん、アタシ……強くなりたい……」
「大丈夫だよ。エントラは強くなる必要なんてない。ぼくがお前の分まで強くなって守ってやる!」
そう言うとゲートはエントラの頭を優しく撫でてやった。
「えへへ、お兄ちゃん。大好き」
「よせよ、照れるじゃないか」
「お兄ちゃんは天才だから、みんなお兄ちゃんが凄いって言ってるよ」
「ぼくの力はまだまだだ、世の中にはまだ報われない人たちが多い。ぼくはもっと強くなっていじめられる人、虐げられる人達を助ける剣や杖になってあげるんだ」
「アタシ、お兄ちゃんが頑張って疲れた時にお疲れ様と言ってあげるようにするね」
ゲートは幼い少女だったエントラを優しい目で見つめ、微笑んだ。
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「エントラ! 一体どうしたというのだ!」
「兄ちゃん、アタシ……どうしよう」
「バカッ! なんということをしたんだ!」
魔力を持たなかったエントラは自らの力を高めるため、一生懸命努力した。
その結果、彼女は自らの魔力を使うのではなく、外部から呼び込んだ魔力を自らの身体を使って発動する方法を編み出したのだ。
エントラは決して魔力を持たなかったのではない。
むしろ彼女の身体は、膨大な魔力を錬成するスキルに欠けていただけで、莫大な魔力を蓄積し、放出する力は誰よりも突出していたのだ。
彼女はいくら努力しても自ら練ることのできない魔力をあえて全て受け入れ、自らの身体を使って放出する方法を試したのだ。
すると、今まで使えなかった魔法が、とてつもない強大な魔力として放出され、未曽有の大被害をもたらした。
「エントラ、とにかく魔力を止めるんだ!」
「ダメ、止める方法がわからない。このままずっと魔力が出続けてしまうの!」
「仕方ない、これはやりたくなかったが……緊急事態だ!」
ゲートはエントラの方を見ると、杖を掲げて魔法を発動した。
「ディメンション・ホール!」
彼は成人するまで開いてはいけないと言われている異界門を開いてしまった。
開かれた異界門にエントラの絶大な魔力が吸い込まれていく。
ゲートはエントラの魔力を少しずつ減らしつつ、異界に魔力を解き放つことで今の危機を回避したのだ。
だが、未成年にもかかわらず異界門を開いてしまったゲートをアポカリプス一族は決して許さなかった。
彼にもたらされた罪は、異界への追放。
ゲートはアポカリプス一族の名前を名乗ることを許されず、何処とも知れない異世界に追放されてしまった。
エントラは自らの過ちのせいで追放された兄のことを嘆いた。
そして、いつの日か兄が帰ってきても居場所を用意できるようにアポカリプス一族の門番として誰よりも強くなると誓い、長命種の寿命を生かし、魔法のスペシャリストとなった。
そんな彼女に魔王を倒すために力を貸して欲しいと訪れた勇者パーティーがバシラ、魔法王テラス、竜王ヘックスといった伝説に残る者達だった。
兄の願いでもあった『弱い人を助ける力になりたい』を実践するため、エントラは勇者パーティーの一人として魔王と戦った。
だが、彼女が求めた兄の帰還は、最悪の形で結末を迎えた。




