478 武士と騎士
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人間の将と魔族の将、その軍配は魔将軍パンデモニウムに上がった。
敗れたミクニ・リョウカイはその場に正座し、目を閉じた。
「拙者の負けだ。さあ、この首……持って行くがよいぞ」
「そうか、誇り高き人間の王よ、お前のことは忘れまい!」
魔将軍パンデモニウムが蛮刀をミクニ・リョウカイの首に振り下ろそうとする!
その時、一本の剣がその斬撃の軌道を変えた。
「何奴?」
「それは私だ!」
ミクニ・リョウカイの斬首を救ったのは、ゴーティ伯爵だった。
「貴様、戦士の一対一の戦いに水を差すか! 恥を知れ!」
「何と言われようとも、この方をお前にお渡しするわけにはいきませんからね」
ゴーティ伯爵は部下に命じ、ミクニ・リョウカイをその場から連れ出した。
「貴方のお相手は私がさせていただきます」
「卑怯者が、貴様に名乗る名前など無いわ!」
激昂した魔将軍パンデモニウムがゴーティ伯爵に襲いかかる。
はっきり言って力の差は歴然だ。
いくらゴーティ伯爵が強いと言えども、それは人間の中での話。
SSS級モンスターとも言える魔将軍の攻撃をかわすだけで精いっぱいだと言えよう。
「非力な。その程度で某に挑もうとしたか。この愚か者が!」
「なに、作戦通りですよ」
ゴーティ伯爵は何かを考えているようだ。
彼は魔将軍パンデモニウムとまともに戦う気は無さそうに見える、むしろ攻撃をかわして時間稼ぎをしているようにも見える。
だが、流石に防戦一方のゴーティ伯爵もこのままでは身が危ない。
その直後、ゴーティ伯爵の後方で赤い煙が上がった。
「準備出来たようですね」
「何?」
ゴーティ伯爵の後方には巨大な破城槌が用意されていた。
「さあ、ここは坂道、一気に落としなさい!」
「な、何だと⁉」
ゴーティ伯爵はその場から離れ、魔将軍パンデモニウム目掛けて破城槌がぶち込まれた。
「グォオオオオッッ!」
破城槌は勢いよく発射され、その巨体はモンスターの群れもろとも魔将軍パンデモニウムを押し潰した。
「総員、一時撤退です!」
ゴーティ伯爵の指示でその場から兵士達全員が撤退した。
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「不覚……なぜあの場で死なせてくれなかった……無念ですぞ……」
それをゴーティ伯爵は肩を叩きながら語りかけた。
「リョウカイ様。お気持ちはよくわかります。もし私が貴方と同じように一騎打ちで負けたら同じことを考えるでしょう。ですが、それでもし死んだとしてその後のことはどうなりますか?」
「その後のこと……だと?」
「はい、もしあの場で貴方が魔将軍パンデモニウムに討ち取られていたとして、その後残された武士団達はどうするのですか。貴方のかたき討ちと武士団が集団で戦おうとしても、一番強い貴方が敗れたとなっては、それよりも劣る彼らは全員犬死するだけです」
それを聞かされたミクニ・リョウカイは言葉を失った。
「貴方は敗軍の将として一人で責任を取るつもりだったかもしれませんが、貴方を失うことで士気が落ちてしまえば……人間達全員の勝利は無くなり、全てが蹂躙されてしまうのです。ここは生き恥をさらしても、逃げて再度戦うべき時なのです」
ゴーティ伯爵の言葉を聞いたミクニ・リョウカイは静かにうなずいた。
「その通りだ。確かに吾輩が死んでしまえば武士団は烏合の衆になってしまう。このミクニ・リョウカイ、木を見て森を見ずだった。ゴーティ伯爵殿、命を助けていただき、感謝致しますぞ」
「いいえ、私は自分のできることをしただけです。さあ、戦いはまだ終わったわけではありません。今は少しでも休んでいてください。ここからは我々レジデンス騎士団の出番です!」
ゴーティ伯爵はミクニ・リョウカイと武士団をその場に残し、レジデンス騎士団三千でモンスターの群れに向かった。
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「く……グハハハハハ。まさかあんな戦い方があるとはな! 人間というのも面白いものだ」
破城槌で押しつぶされたはずの魔将軍パンデモニウムは破城槌の残骸の中から立ち上がり愉快そうに笑っていた。




