459 暴風を飲み込む暴風
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海の上に立っていたのは、大魔女エントラだった。
「そろそろ来るんじゃないかなと思って様子を見に来てみれば、こんなことになってるなんてねェ」
「助かったぜー、ありがとうよー」
大魔女エントラの魔法はあれだけ燃え盛っていた炎を一瞬で凍り付かせ、キマイラを粉々に砕いた。
「しかし凄い魔法の余波だねェ、こりゃあ海も空もめちゃくちゃになるってわけねェ。まあ妾ならこんなものすぐに片付けれるけどねェ」
「エントラさん、アンタならこれどうにかできるのか?」
大魔女エントラはこの天変地異を片付けることができると言っている。
「ちょっと手荒な方法だけど、アンタ達しっかり掴まっているんだねェ! 下手すれば振り落とされるからねェ」
大魔女エントラはそう言うと、杖を高く掲げて魔力を集め始めた。
「この大嵐は、魔力の暴走で行き場を無くした空気が荒れ狂ってるから起こっているんだねェ。だからその空気を一気にかき集めれば……解決するってわけよねェ」
なんだなんだ、ひょっとして……オレは凄く嫌な予感を感じた。
大魔女エントラは天文学や気候にも詳しいらしい。
彼女がやろうとしていることが、オレの予想通りなら……ここはすさまじいことになる。
「吹き荒れろ暴風、アイオロステンペスト!」
やはり思った通りだ。
大魔女エントラは吹き荒れる暴風をさらに巨大な暴風を作ることで巻き込んでしまおうとしている。
先ほどとは比べ物にならない大荒れが船に容赦なく叩きつける。
船と船を繋いだ鎖がきしみ、あれだけ太い鎖がちぎれそうになっていた。
「ここを乗り切れば問題は一気に解決するからねェ!」
「みんな、絶対に振り落とされるんじゃねえぞ!全員船にしがみつけー!」
船団が大きく揺れた。
もし鎖でつないでいなければ、十数人程度しか乗っていない漁船は木の葉のように千切れ飛び海の藻屑になっていただろう。
「もう少し、もう少しだからねェ……この暴風を……一気にッ! 解き放つっ‼」
流石の大魔女エントラもこの暴風をコントロールするのはかなり大変らしい。
傍から見ても彼女はとても苦しそうだった。
「暴風よ、一気に吹き飛べェ!」
大魔女エントラが極限まで集めた暴風のエネルギーは、大きく向きを変えた。
「ハァ……ハァ……これはかなりキツかったねェ」
大魔女エントラの作り上げた極大に達した暴風の塊は、凄まじい勢いで南西に向かい飛んで行った。
その少し後、とんでもない光景をオレは目にすることになる。
双眼鏡でオレが見た遠く離れていった暴風の塊は、巨大な岩でできた橋を一瞬で粉々に砕き、そのまま南方の山の中腹を大きく削り取った。
「ヒェー、おっかねえ魔法だぜー……」
つくづくこの大魔女エントラがオレ達の敵でなくて良かったと思う。
エントラが全ての暴風を一つに集めて南方に飛ばしたことで、大きく荒れていた海は穏やかな姿を取り戻した。
「みんな、無事か⁉ ケガは無いか!」
「お頭、おれたちは無事です」
「カイリ様、小生達も問題ありません」
助かった。
オレ達は大魔女エントラのおかげで、誰一人として犠牲を出すことなく大嵐を乗り切ることができた。
「ありがとうよ、エントラ」
「フフフ、そうねェ。お礼くらいはしてもらおうかしらねェ」
「いいぜ、オレ達にできることならなんでもしてやる」
「そうねェ、それじゃあ甘いお菓子用意してもらえるかしらねェ」
「ああ、そんなもんで良けりゃいくらでも用意するぜー」
嵐の過ぎ去った海は穏やかで、オレ達は久々にゆっくりと航海できた。
そして一昼夜が過ぎ……オレ達の船団は誰一人欠けることなく、南方の陸地に無事到着した。
ホーム、ルーム、ゴーティ伯爵、ミクニのリョウカイとリョウクウ、それに騎士団に武士団。
ついに人間と魔族の大決戦の役者は全員そろった形だ。




