450 アビスの正体
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魔将軍パンデモニウムと魔将軍アビス。
どちらも魔将軍と呼ばれる魔族最強の称号を持つ者達である。
彼と彼女は、お互いを睨み合っている。
この魔族二人が睨み合うだけで、辺りの空気は張り詰め、調度品がビリビリと動いている。
まだお互い手を出さずにこの状態である。
この二人が動き出せばどうなるのだろうか。
「貴様、某の部下を屠った責任はその数だけ体に刻んでやろう」
「部下とか仲間とか、ウザいのよ。徒党を組まないと何もできないザコがどうなろうと構わないじゃないの!」
魔将軍パンデモニウムは仲間を何よりも大事にする性格、それに対して魔将軍アビスは自身が良ければ他の者は全て利用するだけの道具だと見ている。
このようなところからでも、お互いが相いれない存在であることは明白である。
性格だけで言えば、魔将軍パンデモニウムはむしろユカ達人間の方に考えが近い。
魔界のどす黒い感情そのものが形になったような魔将軍アビスとは真逆だと言える。
「ゲートちゃんの手前、大人しくしてたけど……アンタ、アタシちゃんの一番嫌いなタイプなのよ」
「それはお互いさまと言えるな。あくまでも魔族のため、呉越同舟ではあるが……某は貴様のような者が一番許せんのだ」
魔将軍パンデモニウムの握る剣に力が入る。
彼は魔将軍アビスに理不尽に殺戮された部下のことを思い出していた。
共に酒を酌み交わした者、彼の立場を狙い襲ってきたが返り討ちに遭いその軍門に下った者、金で雇われたがその分の仕事はきちんとこなした者。
種族も性別も性格もどれも全くの別物だったが、一つ共通していたのは……皆が魔将軍パンデモニウムを慕っていたということだ。
彼はそんな部下達を大事にしていた。
だが彼の目の前にいる魔将軍アビスは自らのワガママのためだけにその部下を殺戮したのである。
「この後の決戦には少しでも多くの軍勢が必要ではあるが、場の規律を乱す者は少しばかり大人しくしてもらおうか……」
「アンタ。ウザいけど強さは必要だから少し痛めつけてからアタシちゃんの下僕にしてあげるわ。元の部下を喜んで殺すようにしてあげるからね、キャハハハ……」
「もはやかわす言葉は無い……行くぞ!」
先に動いたのは魔将軍アビスだった。
彼の素早い斬撃は笑っていたアビスを一瞬で両断した。
「何と他愛ない……鎧袖一触とはこのことか」
アビスは唖然とした顔のまま、真っ二つになっている。
しかしその顔はすぐにニヤリと笑った表情にかわった。
「あらあら、残念でした」
「何⁉」
真っ二つになったアビスの姿がドロドロと溶け、再び形を作った。
「アタシちゃんね、斬っても無駄なのよ。キャハハハ」
「そうか、貴様……それが貴様の正体だったか」
魔将軍アビスの正体はシェイプシフター。
つまりは不定形の形を持たない魔物である。
それゆえにどのような姿にも変わる事ができ、またいくら斬られても復活するのだ。
彼女が……いや、正確には性別すらないが、好んで女性の姿になっているのだが、傾国の美女たり得た理由はこの能力ゆえである。
魔将軍アビスは様々な姿に代わり、行く度に渡って人間関係や国家関係を破壊してきた。
そうやって得た人間達のどす黒い憎しみの感情が、さらに魔将軍アビスを強くしていたのである。
そしてそのシェイプシフターの体の一部を受け入れてしまった人間は、汚染され……更なるアビスの僕として魔族化していったのだ。
魔将軍アビスはその魔族化した僕を使い、不幸を撒き散らすことで負の感情を手に入れ、そのマイナスの思念を力にしている。
彼女の絶大な魔力は人々の不幸の上に成り立っている。
他者を不幸にし、その負の感情を贄にしているシェイプシフター。
それが魔将軍アビスの正体だった。




