449 相いれない者同士
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魔将軍アビス、彼女は人間が大嫌いだ。
だがこのパンデモニウムの城にはあちこちで人間の臭いがする。
それが彼女に不快感を与え続けていた。
「何なのよここは、どこに行ってもウザい人間の臭いがプンプンしてる。それも悪徳にまみれた魂の腐った人間の臭いじゃなくて……よりによってアタシちゃんの一番嫌いな純朴な人間の臭いじゃないの!」
魔界のヘドロそのものとも言える魔将軍アビスにとって、純粋で善の感情の人間は最も嫌悪する存在だ。
それを腐敗と堕落で染め上げるならまだ楽しみはあるのだが、今から魔将軍アビスの会おうとしている魔将軍パンデモニウムはそれを許さない彼女の最も苦手なタイプだ。
魔将軍パンデモニウムは魔族には非常に珍しく、誠実を美徳とする男だ。
『健全な肉体には健全な精神が宿る』
彼は魔族という悪の属性に身を置きながらも、嘘を嫌い、己を高め努力する者は敵味方を問わず認める男である。
この性格は魔将軍アビスの最も苦手とするものなので、彼女はできるだけこの牙城には来たくないのが本音だと言えよう。
「さっさと用事を済ませてここから帰ろっ、ここはアタシちゃんには空気が悪すぎるわ」
魔将軍アビスはドアを開け、部屋の中に入った。
「誰だ、部屋に入る時は相手に尋ねるのが礼儀だぞ!」
「あらあら、そんなに大きな声で怒鳴らなくていいじゃない」
「その声は……アビス殿か」
「やっほー、お久しー」
魔将軍アビスは軽い態度でパンデモニウムに挨拶をした。
「アビス殿、来て早々こんな事を言うのは気がひけるが……なぜ某の部下を殺した? アビス殿の力なら動きを止めるだけでも問題はなかっただろうに」
「あー、あの連中ね。向こうがアタシちゃんの話を聞かずに襲ってきたから返り討ちにしただけよ」
「だがそれならなぜ襲ってきたわけでもない人間まで巻き添えにした?」
「あー、ちょっと手加減間違えたからムシケラみたいな人間が巻き込まれただけよ」
明らかに嘘である。
魔将軍アビスは同族である魔族への返り討ちよりも、逃げ惑う人間に強烈な魔法を放っていた。
パンデモニウムはそのことを知りながらあえて彼女に問い詰めたのである。
「アビス殿、某は嘘が大嫌いだ。アビス殿が人間を嫌っているのは存じている、それならそれで人間が目に入ったのが気に入らなかったから殺したとでも言えばよかったものを」
「でもそれでパンデモニウムちゃん怒らない?」
「もしアビス殿が来ると前もってわかっていれば、人間をアビス殿の見えない場所に隠すくらいのことは出来ていたので、このような事態にはならなかっただろう」
魔将軍パンデモニウムは、怒りを抑えながら冷静に話を続けた。
「でもそれはそれでアタシちゃんがイヤな気持ちになるってわからないかな? アタシちゃんの大嫌いな人間が殺されずに生き延びるなんて、虫唾が走るのよ」
「好き嫌いで大局を見ようとしないとは……愚かだな」
「何? パンデモニウムちゃん、アタシちゃんとケンカでもするつもり?」
「貴様が望むなら相手になろう……せめて貴様が殺した某の部下、そして何の罪も無かった人間の数くらいは傷をつけさせてもらおうか……」
一触即発である。
魔将軍と呼ばれる程の最強レベルの魔族が二人、お互いを不快にした相手を黙らせるために力を振るおうとしているのだ。
「娘、ここにいては死ぬぞ。鉄扉の向こうに行け……」
「は、はい。ご主人様……」
魔将軍パンデモニウムは召使の少女を下がらせ、両手に幅広の剛剣を構えた。
そして魔将軍アビスは空中に舞い上がり、両手に魔力を集めだした。
「手加減はせぬぞ!」
「アンタのその面、ウザいのよ!」
魔将軍アビスと魔将軍パンデモニウムの一対一の戦いが始まった。




