421 悲しみを乗り越えて
ボク達の到着した町では、決起した住民達がバスラ伯爵の部下を取り囲んでいた。
いくら武器を持っているとはいえ、バスラ伯爵の威光が無ければ士気の低い兵士達が多数の住民に勝てるわけがない。
中には逃げだしたり住民側に寝返ったのも大量にいるので、ここで縛られているのはバスラ伯爵に従い続けた連中だと言える。
「なんじゃなんじゃ、どうも穏やかではないのう」
「あ、ユカ様達だ! 見てください。わたしたちがバスラ伯爵の兵士達を倒したんです!」
「そうです! ユカ様達がおれたちに戦う勇気をくれたんです!!」
ボクはどうも複雑な心境だった。
虐げられた住民達は今までの恨みとばかりにバスラ伯爵の兵士に殴る蹴るの暴行をしている。
『ユカ、これはあまり良い状況とは言えないぞ』
『ソウイチロウさん、それはどういうことですか?』
『私のいた世界では革命が何度か起きている、だがその市民革命では支配していた側が徹底的にいたぶられて、結局禍根が残ったままずっと後に響いていたんだ』
『では、どうすれば良いと思うのですか』
『ユカ、お前は今救世主として慕われている。お前の言うことならみんな素直に聞いてくれるだろう、それがリーダーのカリスマというものなんだ』
つまり、ソウイチロウさんはボクにこの場を収めさせるのが一番良いと言いたいのだろう。
「みんな、もうやめよう。戦いは終わったんだ」
ボクの言葉で、それまで兵士を暴行していた住民はその手を止めた。
「エリアさん、その人達を治してあげて」
「ユカ……わかった」
エリアさんが暴行されていた兵士達に治癒の魔法を使った。
「なぜですか! コイツらはバスラ伯爵の手下で、おれたちの家族とか兄弟、親類の誰かがみんなコイツらに殺されてるんです!」
「それについては私が謝りましょう……」
「貴方は!!」
ボクの後ろからリゾート男爵が姿を現した。
「あなたは……リゾート様、死んだと聞いていました」
「お父上が生きていた時、よく姿をお見掛けしました、お久しぶりです」
「皆さん、ユカ様の話を聞いてあげてください」
リゾート男爵が住民達に頭を深く下げた。
その態度に対し、頭に血が上っていた住民達は、冷静になって話を聞く態度に変わった。
「では、話させていただきます。この土地を支配していたバスラ伯爵は、邪悪な者に魂を売り、巨大なグリードスライムになってしまいました。そんなバスラ伯爵をボク達は倒しました。そして、大魔女エントラ様にお聞きして、この土地の本来の統治者だったローカル伯爵の息子さんのリゾートさんを探しに行ったのです」
大魔女エントラ様の名前を聞いた住民に動揺が走った。
彼女の名前は、この土地でも広く知られているのだろう。
「そしてボクは統治者不在になってしまったこの領地を公爵派貴族に奪われないため、ゴーティ伯爵様にお願いし、リゾートさんを男爵に任命してもらったのです」
この話を聞いて住民達の顔に喜びが見えた。
「そうです、そして私は新たに『リゾート・ローカル』男爵としてこの地に戻ってきました。私は父上の愛したこの土地を再び素晴らしく、美しい場所にしたいと思っています。そんな中で血なまぐさい血を流す憎しみは、今だけにしてしまいたいのです。皆さんがバスラのせいで家族親類を失った苦しみ、悲しみはよく存じております。それは……私の父を殺したのもバスラだったからです」
リゾート男爵の告発に、住民は驚きを隠せなかった。
「しかしその罪を問おうにも、バスラはもういません。私が父を失った悲しみを乗り越えたように、皆さんも悲しみを乗り越えることはできるはずです。できないなら、誰かが支える、そうやってこの土地を笑顔の溢れる素晴らしい場所にしようではありませんか!」
この演説を聞いた住民達から割れるような拍手が起こった。
中には泣き出す人もいたくらいだ。
縛られたままの兵士達は顔をうつむけ、これからの自分達のことを考えていた。
そして、この町で一番立派な建物がリゾート男爵に提供され、その建物はスライムによって消滅したバスラ伯爵の屋敷に代わり、このリゾート男爵領の新たな領事館になった。




