381 おぞましき深淵の怪物
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「ウゲェエ! ウェエエオおおぇェェー!!」
魔将軍アビスはとてつもない気持ち悪さに襲われてた。
彼女はマイナスのエネルギーを自らのものとし、生きている。
そんな彼女にとって喜びの力、活力は猛毒にも等しいものなのだ。
「ア、アビス様。一体どうなされましたか!?」
「この気配は……間違いないわよ。またあの忌々しいユカが何かしたのよ!!」
アビスはいきなり憎しみや憎悪のエネルギーが激減した理由がユカとその仲間だとすぐに見抜いていた。
「どうなってるのよ! この土地には余所者は入れさせないようになっていたのじゃないの!?」
「アビス様、申し訳ございません。関所の兵士達が全員逃げ出してしまいました」
「何なのよ、その役立たず。全員見つけ出して家族親戚全部処刑しなさい!」
「はい、アビス様。承知致しました……」
苛烈な人物で相手を見下していたはずだったバスラ伯爵は、魔将軍アビスの魅了の魔法を受けてしまい、完全な操り人形になっている。
「どうなっているの? クズ共の笑いを奪えばあたしちゃんのこの失われた力が取り戻せるんじゃなかったの!?」
アビスはリバテアで起こした大災害による犠牲者の負の感情を喰らうつもりだったのが、ユカとその仲間のスキルのせいで災害は一人の犠牲者すら出さず、全く負のエネルギーが手に入らなかったことによりかなり弱体化していた。
バスラ伯爵に領内での笑ってはいけない御触れを出させたのも負の感情からエネルギーを取り返すためだ。
この理不尽な法律により、アビスは少しずつ力を取り戻していた。
だが、ユカとその仲間がこのバスラ伯爵領に踏み込んできたことにより、暗く沈んでいた住民達は救世主がやって来たと喜び、その噂は瞬く間に町から町に広まっていったのだ。
こうなると負の感情で押さえつけていた人々は、バスラ伯爵に従わなくなりユカの到着を待つ希望と生命にあふれた正のエネルギーを出すようになる。
アビスが焦っているのはそのためだ。
せっかく取り戻した負のエネルギーがユカのせいで再び奪われたのだ。
「あたしちゃんの計画をことごとく踏みにじるユカ……クズ共を元気にするアイツは絶対に許さないっ!! アタSィ……グゲゲエアアア! イ゛エァァァァーッ!!」
アビスが人に見せれないような醜悪な表情をしている。
普段絶世の美少女の姿をしているはずのアビスは、外見こそそのままだが……その顔は見たもの誰もが怯えるほどおぞましく醜悪な顔を見せていた。
「旦那様、お茶をお持ち……ひいいいいー! ば、バケモノだ!!」
「ダレガバケモノ……。キサマモオレノエサニシテヤル……」
アビスから体の一部がドロドロと溶けて部屋に入ってきたメイドに絡みついた。
「ひえええー、た、助けてー!!」
「イイヒメイダ……オレノエネルギーニシテヤル……」
アビスの体の一部の液体はメイドの口や目、鼻といった穴から全て入り込み、あっと言う間にその身体をドロドロに溶かしてしまい、そこにはメイド服と人間の皮だけが残った。
「ヒフフフフフ……。キャハハハハ!」
メイドだったものはその皮膚の中に入り込んだアビスの液体を充填し、そこには元と何ら変わらない女性の姿が起き上がった。
「はい、あたしちゃん二号完成ー。どんどん増やして同時に不幸を作ってちょうだいね、キャハハハハハ!」
メイドの姿になったアビスの分体は、楽しそうに踊っている。
「アビス様……何と羨ましい。ワシも溶かしてアビス様の一部にしてくださいませ」
バスラ伯爵はもう完全に壊れている。
メイドの姿のもう一人のアビスはそんなバスラ伯爵のそばにすり寄り、その顔を舌で舐めると妖艶な笑いを見せた。
「だーめ、貴方にはやってもらうことがあるんだからね。キャハハハハ」
醜悪な怪物になってたはずのアビスは、メイドの恐怖の感情を食らい、再び美しい少女の姿に変わっていた。