377 自我無き操り人形
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アビスの一言に、バスラ伯爵は怒りを露わにした。
「何だと……手伝ってあげるだと、『手伝わせてくださいませ』だろうが! そんな当たり前も知らないとは、この不心得者が!」
バスラ伯爵は手に持った戦斧を容赦なくアビスの美しい顔めがけて振り下ろした。
ザシュッ!!
肉が砕ける音が確実に聞こえ、バスラ伯爵の戦斧はアビスの頭部を確実にカチ割った。
「あらあら、いきなり手を出すなんて……貴方こそ貴族ならレディに対する気づかいはないのかしら? キャハハハハ」
アビスは斧の直撃を受けておきながら、全く何のダメージも受けていなかった。
むしろバスラ伯爵の方が、斧をアビスに掴まれてしまい、押しても引いてもビクともしないことにたじろいでいた。
「ひっ! ひぃぃぃいいい! バケモノ! バケモノめぇー!!!」
バスラ伯爵は、アビスに刺さったまま動こうとしない戦斧から手を離し、その場に尻もちをついて座り込んでしまった。
「キャハハハハ、ねえ。驚いた? 驚いた?」
「ひっひひひぃいいい!! こっちに来るなバケモノ! この悪魔め!」
「あらあらあらあら、人をバケモノだとか悪魔とか、貴方こそ弱い者を踏みにじり苦しめる悪魔ちゃんなんじゃないの?」
「ワ、ワシは悪魔ではない。神の子だ! 貴族とは神に選ばれたもの。神に選ばれた貴族が選ばれなかったワシらに使役するためだけの存在を好きに扱おうと神に許された権利なのだ!!」
アビスは戦斧の絵を握り、微笑んだ。
すると、豪奢なデザインの戦斧が瞬く間に柄の部分からドロリと溶けてしまった。
「ひえぇええええ!!! バ、バケモノだぁ!!!」
バスラ伯爵はその場で我慢しきれずに失禁してしまった。
赤い絨毯の上に汚らしい黄色い温かい液体がしみ込んでいく。
「あらあらあら、怖がらせちゃったみたいね、キャハハハハハ」
アビスは無邪気な笑いでバスラ伯爵のすぐ前に顔を近づけると、その美しい唇で泡を吹いた伯爵の口にキスをした。
「! ア……ガガ、アガ」
「どう? 少しは落ち着いたかしら?」
バスラ伯爵はアビスにキスをされ、放心状態になっていた。
これは彼女が魅了の魔術をバスラ伯爵に使ったためだ。
「ねえ、貴方はユカを憎んでいるのよね」
「あ、ああ。アイツは貴族社会を壊す害虫……秩序のために排除せねばならぬ……」
虚ろな目のバスラ伯爵は、アビスの問いかけに身勝手な貴族の理屈で返答した。
「なら、貴方に力をあげる。その力でユカとその仲間を殺しなさい」
「はい、アビス様。喜んで殺させていただきます」
アビスを下賤の者と蔑んでいたはずのバスラ伯爵は、アビスの言いなりの操り人形になっていた。
「貴方はアタシちゃんの何?」
「ワシは……アビス様の下僕、死ねと言えば喜んで死にます」
「よろしい。貴方はアタシちゃんの下僕」
アビスは脚をバスラ伯爵の失禁した床に乗せた。
「あら、アタシちゃんの足が汚れちゃったじゃない。キレイに舐めて拭き取って」
「はい、アビス様……喜んで舐めさせていただきます」
自我の無いバスラ伯爵はプライドも何もないアビスの操り人形に成り下がっていた。
「哀れね。魔力を持たないって。アレだけ偉そうに選ばれたものだとか言ってたのに、簡単にアタシちゃんの魔法にかかるなんて。あんなの初歩レベルの魅了の魔法なのに」
「……」
「黙ってるならそこに立ってなさい」
「はい。わかりました」
そして翌朝メイドが掃除のためにバスラ伯爵の部屋に入ると、そこにには一晩中動かずに立ったままのバスラ伯爵が汚物を垂れ流していた。
「キャアアー! 旦那様がー!!」
アビスはそんな様子を空中から眺めている。
「キャハハハハハハ、驚いてる驚いてる、無様ねー」
この時、アビスは悪戯な少女のような怪しい微笑みをうかべていた。