376 バスラ伯爵
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ここは帝国の西、自由都市リバテアから少し離れた場所。
かつては風光明媚な観光地として有名だったこの場所は、今では見る影もない汚物や廃棄物に埋もれた悪臭の漂う地獄絵図と化していた。
廃棄物の中にはどう見ても人間や亜人の死体と思しきモノも散見された。
今も兜のバイザーを下ろした兵士が、馬車の荷車に積まれた腐乱した死体を何体も運んできてゴミ捨て場に捨てている。
「仕事とはいえ、コイツらも悲惨だな」
「早くしろ、伯爵様がお怒りだぞ」
「貴様ら! 私語は慎め!」
兵士達はその後も黙々と作業を続けた。
ここは公爵派貴族達のゴミ捨て場なのだ。
ゴミとは言われているが、大抵は慰み者にされたり、戯れに殺されたり、生きたまま薬や魔法の実験台にされた失敗作、それらの者がゴミとされ捨てられているのがここなのだ。
この領地の持ち主はバスラ伯爵。
彼は小心者だが野心家の男だった。
風光明媚な観光地だったかつての兄の領を公爵派貴族の協力で騙し取り、兄の好きだった美しい土地を醜悪な場所に変えたのがこの男である。
その裏にはやはりヒロの暗躍があった。
ヒロは前世での環境破壊と産廃利権をこの世界に持ち込んだのだ。
理由は簡単。
観光地で人が喜ぶのを踏みにじりたいからというだけの理由だ。
ヒロに入れ知恵をされたバスラ伯爵は、兄から伯爵領の権利を奪い取り、観光地だった美しい土地を二目と見れないおぞましい悪臭と汚物や廃棄物の山積みにされた場所に変えてしまった。
そしてここの場所は、公爵派貴族達の権力で公爵派貴族とその手下以外、誰も立ち入りができない場所にされてしまった。
入ろうとすれば殺されるのだ。
当然殺された死体は、このゴミ捨て場に捨てられて見つかるわけがない。
風光明媚だった観光地は悪魔達の手によって恐るべし場所に姿を変えられてしまったのである。
「キサマ、何をした?」
「え? おれはただ……ギャァッ!!」
兵士がいきなり上官に斬られた。
「口答えをした罪で死刑だ、その辺りに捨てておけ」
この兵士はただ、体勢を直すために作業中に腰を下ろしただけだ。
それをサボったと見なされた。
それを弁解しただけで死刑にされた。
このような理不尽と恐怖が支配しているのが、このバスラ伯爵領である。
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「伯爵様、今月のご報告です」
「少ない……何故こんなに今月の金額が少ないのか?」
「それは……シャトー侯爵夫人と、ヘクタール男爵の所からのゴミ処理依頼が無かったからです」
「ヘクタールは分かるが、何故シャトー侯爵夫人からの依頼がないのか?」
「いえ、私は分かりかねます」
「何だと? キサマ、ワシに口答えしたな!」
「ひ。ひいぃぃー!」
肥満体の男が壁に立てかけていた戦斧を取った。
「ワシは口答えされるのが嫌いなのだ! ワシの言うことには従うのが当たり前だ!」
肥満体の男が兵士に男を羽交い絞めにさせ、その男目掛けて戦斧を振り下ろした。
グヂャッ!
汚らしい音を立て、報告に来ただけの男は真っ二つの肉塊にされた。
運の悪いことに、その後ろで羽交い絞めにした兵士も、その頭部に斧を喰らい、絶命していた。
「おや、余計なものまで切ってしまったようだ。まあいい。コイツもごみとして捨てておけ」
苛烈な性格の肥満体の男。
これがバスラ伯爵である。
「気に入らん、それもこれもあのユカという小僧のせいだ! アイツがワシの金儲けを全部邪魔している! ユカめ……ワシの大斧でその頭をカチ割ってやる!」
バスラ伯爵は部下に命じ、兵士と報告に来た男の二つの死体をすぐに片づけさせた。
「あらあら、ずいぶんと荒れてるのね。キャハハハハハ!」
バスラ伯爵の元に現れたのは、魔将軍四天王の一人アビスだった。
「キサマは……ヒロの腰ぎんちゃくの女か。何用だ!?」
「アタシちゃんが力を貸してあげるわよ」