370 崩れ去った目論見と絶望
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リバテアの街で震災による災害が起こって数時間後、一人の少女が街の上空に姿を現した。
彼女は魔将軍アビスである。
「さて、これからあの時間が一番楽しくて美味しい時間なのよね……助かると思っていたクズ共がどんどん死んでいく。あの絶望感はこの時間しか味わえないのよ」
アビスは自らの起こした大震災と火事でどれだけの人数が犠牲になるか、想定をしていた。
実際彼女が昔起こした震災では死者が数万人を超え、歴史書に残るほどの未曽有の大災害になった。
「あの時は最高だったわ。積み上げられた死体の山がどんどん増える。一週間以上はあの絶望の悲しみの感情を味わえたのよね。今回はあの時よりも規模の大きな街。それに地震の大きさもさらに大きくして、あの時自然発生だった火事を今回はわざわざアタシちゃんの魔界の炎にしてあげたんだから、」
アビスは昔起こした災害を遥かに上回る震災の犠牲者を眺めるためにリバテアに戻ってきたのだ。
「ヒロちゃんをいじめた報復よ。前の時はアタシちゃんの国家乗っ取り計画に気が付いた気に入らない大臣を潰すための地震だったかしらね」
アビスはいつも災害を起こしているわけではない。
自らの行動に反抗的な者がいた時の見せしめとして、大きな街を狙い災害を起こすのだ。
「さて、じゃあまた様子を見に行こうかしら」
アビスは地面に降り立つと、自らの姿を幼げな少女の姿に変えた。
そしてできるだけ人の多い所に行こうとしている。
彼女の中では人の多い場所は、絶望の多い場所といったイメージなのだ。
◆
「お母さん、お父さん……どこなの?」
「お嬢ちゃん、こんなとこでどうしたんだ?」
「おじちゃん、あたしちゃ……お母さんお父さんとはぐれちゃって」
「そうか、それは大変だったね。もう大丈夫だよ」
普通の人間は弱い姿をしたものに敵意が無い。
アビスの変化は完璧だった。
「もういいんです、せめて死体だけでも……みつかれば。すみません、死体置き場ってどこですか?」
「お嬢ちゃん、死体置き場なんて無いよ。全員無事だ」
アビスは自警団の一言で動揺した。
「え!? ウソよっ。アレだけの地震と火事、それに津波まで押し寄せたのよ。それで死者が……いない!?」
「ああ、本当に奇跡だよ。ユカ様達がいなければ、どれだけの人達が犠牲になっていたやら」
「そんな、信じられない……馬鹿げているっ!」
「お嬢さん、ここに居たら危険だ。みんな避難している高台の方に行くと良い。オレが連れて行ってやるよ」
アビスは手を引かれたまま、高台の方に連れていかれてしまった。
本来なら人間一人程度の力、簡単に振りほどける彼女だったが、なぜか全く力が入らなかった。
「気持ち……悪い」
◇
アビスの連れていかれたのは、ヒロのレストランがあった高台だった。
ここには死体置き場など全く無く、震災を逃げ延びた人達が美味しい料理に笑顔を見せていた。
「な、何なのこれは……!?」
「お嬢ちゃん、良かったな。ここならお嬢ちゃんのお父さんお母さんも逃げのびているかもしれないよ」
人々の喜びの感情がアビスの身体を蝕む。
アビスの大嫌いなのが人の喜ぶ感情、喜びの空気なのだ。
「う……ぐぇええぇぇぇ! オゲェェェェッ!!」
アビスはあまりの気持ち悪さに嘔吐してしまった。
こんな場所にいては身体が持たない。
「何ですの? このどす黒い感情は」
「むう、マデンと同じ邪悪な気配を感じるわい。どこにおるのじゃ」
「!! しまった……気づかれたっ」
アビスは認識疎外の魔法を使い、すぐにその場を離れた。
「救世主ユカ……絶対に許さない。絶対に殺してやる!! お前の大事な物を全て踏みにじって絶望の底で確実に殺してやる!!」
這う這うの体でその場を逃れたアビスはユカへの復讐心を糧にどうにか逃げ出すことができた。
あの群衆の中でアビスの存在に気が付いていたのは、龍神イオリと魔法使いのルームだけだった。