363 緊急措置の男爵任命権
この自由都市リバテアは皇帝陛下の勅命で大幅な工事が行われ、国を代表する一大貿易都市になった場所だ。
だが元々ここはバレーナ村という小さな漁村だった。
今ここにいるのは、そのバレーナ村だった時の村長さんだ。
「そうですね、この中で唯一村長や町長に当てはまるのはバレーナ村の村長さんですね」
「し、しかしワシにそんな大役はとても……」
「大丈夫よぉ。経済面ならあーしがどうにか見てあげるからぁ」
マイルさんは、この国でも大手のディスタンス商会の会長の娘さんだ。
「スタッフなら私達がいますよ。そろそろ腰を据えた商売をしたいと考えていた所ですし。マイル様のためなら力をお貸しします」
オンスさん以下商隊の人達は、みんなが喜んでマイルさんに協力すると言ってくれた。
「さて、海賊から足を洗う時かもな。ヤロー共、てめーらはこれから海賊じゃなくてこの街をメインに働く武装商船団だ!」
「「「アイアイサー!!」」」
カイリさんの部下の海賊達はこの街専属の武装した商船団として再結成された。
「さて、後は村長さんの問題ですね」
「し、しかしワシは貧しい漁村の村長でしかないんですが。爵位も持っておりませんし」
「村長様、爵位の拝命は本来皇帝陛下の許可が必要です。ですが特例として伯爵以上の地位の者は臨時の際に男爵までなら任命権が与えられています。これはかつて帝国が戦争を行っていた時に、指揮官に戦死者が出た際の臨時措置として指揮官を任命するための特別措置だったものですが、今でも法的に生きています」
「俺もその話は聞いた事があります、数十年以上前の法令だったと聞きましたが廃止されたとは聞いてません」
どうやらホームさんもシュタインブルッフさんも知っているとは、本当にある法律のシステムのようだ。
「つまり、伯爵である僕の父上なら村長さんをバレーナ男爵に任命することも可能というわけです!!」
「なるほど、ゴーティ隊長なら確かに伯爵なのでお願いできる。ホーム殿、隊長に頼めますか?」
「勿論です、すぐ行ってきます」
そう言うとホームさんはボクについて来るように言った。
「ユカ様、ついてきてください」
「え? ボクが??」
ボクは何故ついてきて欲しいのかわからないまま、ホームさん、ルームさんと一緒にワープ床に踏み込んだ。
「さあ、ユカ様、ここから私の家に向かいますわ」
冒険者ギルドの部屋に移動したボク達はそのまま別のワープ床に足を踏み入れた。
すると、今度辿り着いたのは、埃まみれの倉庫の中だった。
「ぺっぺっぺ……ここはいつ来てもひどい埃ですわ……」
「ルーム、早く父上に会おう」
ボク達が倉庫の外に出ると、ゴーティ伯爵様は日課の剣の素振りの真っ最中だった。
「おや、皆さん。なぜここにおられるのですか?」
「父上、話は後です。お願いしますから……男爵の爵位任命の証書を用意してもらえますか!!!」
「おやおや、これはやぶさかではありませんね。それで、ホームが爵位を与えたいのはそこのユカ様のことですか?」
「いいえ、違います。父上、バレーナ村の村長様はご存じですか?」
「ええ、存じておりますよ。まだ村が小さかった頃、私が旅行中におもてなししていただいた方です。お元気でしたか」
どうやらゴーティ伯爵様は旧バレーナ村の村長さんを知っていたようだ。
「そのバレーナ村の村長様に男爵の爵位を任命していただきたいのです」
「なるほど、そういうことですか。思ったよりも早くタックス伯爵が失脚したようですね。リバテアの新統治者にバレーナ村の村長を就けたいが、爵位が無いので無理だということですね」
ゴーティ伯爵様はもうこの事態を予測していたようだ。
「すでに紙は用意してあります。まだ誰が統治者になるのかは不明でしたので名前は入れていませんでしたがね。すぐ用意しますよ」
そういうとゴーティ伯爵様は男爵の任命を証明する書類にサインをしてくれた。