349 火事から救い出せ!
◆◆◆
ヒロは最低最悪の女だ。
だが、ヒロの下で働かされている人達が悪人とは限らない。
むしろ、理不尽なヒロの犠牲者、被害者も大勢いるくらいだ。
ヒロのレストランにはまだ大勢の客が残っている。
しかしヒロはこんな時を想定したような避難訓練等を部下にやらせていなかったらしい。
店の責任者クラスは、置き去りにした客と厨房のスタッフを見捨ててさっさと逃げだし野次馬の中に紛れ込んでいるようだ。
「カイリ、船をお願い!」
「ああ、わかってるってー。こっちも考えがあるからよー」
カイリはハーマンに何かを言っているようだ。
「ハーマン、頼んだぜ!」
「ピーーーイイ!」
ハーマンが沖合いに泳いでいった。
そしてカイリに船を最速で動かしてもらったマイルは、桟橋の無い崖の端に船をつけた。
「丸太杭打ち!」
マイルが植物使いのスキルを使い、崖の下の地面から上のレストランのある高台目掛けてカイリと自分の身体を丸太の上から打ち出した。
二人共レベル50以上の体力だからできる芸当である。
通常の人間ならこの威力に耐えられなかっただろう。
「みんなぁ! そこを退いてぇ!!」
「怪我したくねーやつは後ろに下がってろよーっ!!」
マイルとカイリの二人は野次馬のいない崖側からレストランの中を確認した。
「どうやら……あのあたりなら風穴開けても大丈夫みたいだねぇ」
「よぉー。派手に頼むぜー!!」
「丸太杭打ち!」
マイルが植物使いのスキルで丸太杭打ちを放った。
太い樹木の柱が頑丈な作りのレストランの側面に大穴を開けた。
「おらー! 逃げ遅れたやつらは誰だー!!」
カイリが飾穴の開いた壁から火の燃え盛るレストランに入った。
「た……助けてくれー!!」
火の壁が客や従業員とカイリの間を塞いでいる。
「ちょっと伏せてなー! 怪我するぜー」
カイリは豪槍ポチョムキンを振るい、風を起こした。
風は火をなぎ払い、一瞬炎の壁に穴が開いた。
「動けるやつはそこから逃げ出せ!」
「あ。……ありがとうございますっ!!!」
逃げ遅れた従業員と客の半分くらいは、これでどうにか避難できた。
だが、残っているのは動けない人や、厨房に閉じ込められた人達だ。
「誰か。まだ残ってるのはいるのぉ?」
「おかーさんが、おかーさんが動けないんです」
マイルが見たのは倒れたままの母親とその横で泣きじゃくる子供だった。
見た目はさほど裕福そうに見えない。
どうやらヒロの店員は、金払いの良い金持ちの客だけを優先的に逃がしたらしい。
「まったく、アイツはどうしょうもないクズだねぇ!」
子供は母親にしがみついたまま泣き続けている。
「大丈夫よぉ。茨の呪縛」
マイルは植物の蔓で逃げ遅れた人達を全員絡め取り、店の外に投げ飛ばした。
「後は……厨房の方だねぇ」
厨房は完全に孤立した火の海になっていた。
このままでは間違いなく誰一人助からない。
カイリのスキルでもマイルのスキルでもこの火の海の中に飛び込むのは無理がある。
「困ったわねぇ。これじゃあ助けれないわ……」
「もう少し待っててくれ、アイツがどうにかしてくれるからよ」
「アイツ?」
カイリが海を指さした。
すると、大きな波を上げて、超巨大な白鯨が姿を現した。
「あれは……モービーディック!?」
野次馬が突然のモービーディックの出現に驚いている。
「ホセフィーナ! 頼んだぜー!!」
「グォオオオオオーーーン!!」
ホセフィーナはカイリの声を聞くと、激しく潮を吹いた。
潮は大雨のようになり、レストランを一瞬で水浸しにした。
「助かったぜー。ありがとうよ!」
「グオオオオォォォーン!!」
ホセフィーナは大きく咆えると再び海に戻っていった。
こうしてカイリとマイル、そしてホセフィーナのおかげで、ヒロのレストランは多数の怪我人こそいるものの、一人の死者も出さずに済んだ。