33 地獄のヘクタール領
「よーし! 冒険者ギルドGO!」
みんなが大喝采を上げた!
私達は明日準備をしてレジデンス伯爵の住む城に向かう事にした。
その為にハンイバルさんが前もって取ってくれていたギルドの一等宿泊所を使い、みんなで休む事にした。
「エリア、そういえばあの男の人は?」
「ギルドの皆さんが医療所のベッドで休ませてくれているわ、体はもう大丈夫よ」
エリアは普通に日常会話が出来るようになっていた。
私はミリーさんの語学の教え方の上手さを改めて感じた。
◆
私、エリア、そしてレジデンス兄妹は宿泊所に隣接する冒険者ギルドの医療所に来ていた。
あの後のヘクタール領からの逃亡者の様子を見る為だ。
「あの人はどうなりましたか?」
「しっ…… ユカさん、まだ寝ていますから……」
瀕死だった男はきれいな寝間着に着替えさせられ、ベッドで穏やかな寝息を立てていた。
「…… ハッ! 俺は!? ここは??」
「ここは冒険者ギルドの医療所ですよ。どうやら気が付いたようですね」
「……俺は、ヘクタールの追手に滅多打ちにされてどうにかここまで来たはずなのに……何故痛みも何もないんだ?」
「ここにいるエリアがあなたの傷を治したんですよ」
「! 信じられない、あれだけの傷、私は死んでも死にきれない思いでここまでたどり着いたのに……奇跡だ! あなたは女神様だ!!」
ヘクタール領から来た男はエリアに対して、頭が地面につく程何度も何度もお礼をしていた。
「それで、今なら話せますよね。ヘクタール領で何があったんですか?」
「あそこは、地獄です。以前から貧しい土地で税金も重かったんですが、まだギリギリ生活できてはいました。それが、領主が先代から息子に代わって……あそこは人の生きられない場所になりました」
「失礼します。僭越ですが、先代領主は『ゲマーサ・ヘクタール』でしたね」
「貴方は?」
「申し遅れました、僕はゴーティ・レジデンスの息子、ホーム・レジデンスです」
「あの……名君と名高いレジデンス伯爵の……息子さんですか」
ホームは静かにうなずいた。
「はい、レジデンス伯爵は僕達の父親です」
「……立派な息子さんだ、それに比べて今のヘクタール男爵『カッツェーエ・ヘクタール』は最悪の男です」
男の話しようの端々から怒りと憎しみが感じられた。
「アイツは税金を搾り取るだけではなく、治安が悪くなっても兵を出そうともしてくれません。それどころか兵隊を各村々に送り込み少しでも貯えがあると全てを搾取していくのです。あちこちの村でもう何百人も餓死しています。それなのにヘクタールは税金を払えない家族の娘や妻を連れ去り奴隷として海外に売っているのです……。更に、逆らう者、税金の払えない男や老人といった者は火踊りと称して油を熱した鉄板の上に油をしみ込ませたマントを被せられ、見せしめで死ぬまで焼かれるのです」
男の話しを聞いた双子が激昂していた。
「酷い……酷すぎますわ!! 私絶対許せません! 戦争を起こしてもそんな奴ぶっ潰して領民を解放すべきですわ!!」
「ルーム、気持ちはよく分かるけど、それで更なる不幸が生まれるんだよ。一時の為に相手を是正する正義の戦争、それは更なる犠牲を生む。さらに領民を人とも思わない連中だ、平気で何十人も人の盾にしてこちらの攻撃をやめさせるだろうよ」
ルームが悔しそうに唇を噛んだ。
「まるで悪魔……お父様がそのような話を聞いたら確実に大激怒しますわ!」
「僕だって許せないよ! だけど僕達だけではヘクタールには勝てないし、関所を通るには父上の許可証が必要なんだ。僕達だけじゃ絶対に出してくれないよ」
私にはこの二人の正義感が強く、少しでも不幸な人を助けたいという思いがひしひしと伝わってきた。
しかし……力なき正義は無力なり……それを本人たちも感じていた。
「よし、ヘクタール領に行こう!」
「「ユカ様?」」
「勿論君たちからの依頼を終わらせてからだよ! 依頼を終わらせて信頼を得た上で関所の通行許可証をレジデンス伯爵に出してもらうんだよ」