342 深淵の瞳
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ヒロは指先をナイフで切り、血文字で手紙を書いた。
これは魔族を呼び出す方法だ。
「あら、ヒロちゃんじゃないの。アタシちゃんに何の用なのかしら?」
「アビス、お願いがあるのよ」
「あら、何かしら。ヒロちゃんはいつも多くの不幸を作ってくれるから、何でも言う事聞いちゃうわよ」
ヒロが呼び出したのは魔将軍の紅一点、魔将軍アビスだった。
アビスはヒロと似たもの同士の性格でとても仲が良かった。
「あ、何してほしいか当てるから待っててね。たぶんだけど、またアタシちゃんが皇帝にわがままを言えばいいんでしょ」
ヒロが邪悪な笑いを見せた。
「自由都市リバテアの統治者をすげ変えて欲しいんだけど、出来るわよね?」
「そんなの簡単よ。アタシちゃんがアイツ気に入らないからと言えば死刑でも左遷でも好きに出来ちゃうわよ」
ヒロはマイルに正攻法で商売の横取りを潰されたのを、逆恨みしていた。
そのため彼女は、リバテアの統治者を代える事で法律を捻じ曲げようとしているのだ。
「頼りにしてるわ、コレで今度こそマイルを潰してやる」
「マイル? 確か……あの役立たずのマデンを倒したユカの仲間にそんなのがいたと思うけど」
「ユカ! アイツか……アイツがマイルに手を貸していたのね、許せない」
ヒロはマイル以上にユカを逆恨みしている。
彼女が公爵派貴族に与えた悪知恵とその目論見をことごとく潰しているのが救世主と呼ばれている『ユカ・カーサ』なのだ。
「ユカもろともマイルを潰す、アイツは今どこにいるの」
「ユカねえ。なんならアタシちゃんが潰してあげても良いんだけど、今どこにいるのかわからないのよね」
今ユカ達のいるのは、フワフワ族の集落。
ここは高い山岳の一帯であり、通常では見つからない場所だ。
「でもそういえば最近、変なコトがあったのよね。西の奥地にいたはずの邪神様の気配が消えたのよね」
「それはユカだ! ユカが邪神を倒したに違いないわ!」
「えー!? それは無いでしょ。あの邪神竜様、役立たずのマデンよりよほど強いのよね」
だがヒロは確信した。
邪神を倒したのはユカに違いないと。
「その場所はどこ? 今ユカを殺さないとアンタ達全員ひどい目にあうわよ」
「そんなのどうでもいいじゃない。アタシちゃんそれよりもこの国をボロボロにしてどれだけ地獄に出来るかの方が楽しみなんだから」
「でも……」
アビスが大きく目を開いた。
「アタシちゃんのいうことが聞けないの……? 所詮アンタはいくら邪悪な力持っていると言ってもニンゲンよね。あまり……調子に乗らない方が良いんだけど」
アビスの目の奥には深淵が映っている。
彼女は言うならば魔界のヘドロのような存在だ。
とらえどころがなく、どのような姿にも変わり、そして王に取り入りいくつもの国を手玉に取り昔から滅ぼしてきた毒婦。
それがアビスである。
「冗談よ。アタシちゃんと貴女の仲でしょ。お望み通りリバテアの統治者はすぐに入れ替えれるようにしてあげるから……極上の不幸を作ってね」
「ええ、貧乏人の嘆きをたくさん用意してあげるわ」
「だからヒロちゃん好きなのよ」
アビスはヒロに口づけをした。
「アタシちゃんの魔力をあ・げ・る」
ヒロは身体に邪悪な魔力が迸るのを感じた。
「ハーッハッハッハッハ。これでますますクズ共の悲鳴が聞ける、さあ作戦開始よ」
ヒロの目の濁りが一層増した。
彼女は人間の姿をしているが、その魂は魔族……いや、それ以上に邪悪なモノだ。
ヒロはその悪魔のような頭脳で、どれだけの多くの人間を苦しめる事が出来るかを考えていた。
彼女は人間をやめたのではない、最初から人間の皮を被った邪悪なモノ、邪神の現身ともいえるような存在だった。
そしてヒロは手に持っていたペンをへし折った。