320 誇りある者
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仰向けに倒れたオソイの身体からは、血と魔素が抜け出している。
そして黒く染まっていたオソイは、血と魔素を失った事により、真っ白な姿に戻っていった。
「勇気ある者よ……よくぞわたしを倒した……」
「オソイ……」
「これも自然の定め、お前は強かった、わたしはそれに敗れたのだ……恨みも後悔も何もない……とても清々しい気分だ」
誇り高き洞窟の主は私にある方向を指さした。
「それを持って行くがよい。わたしが屠った魔族の残したモノだ」
「オソイ……なぜそれを俺に」
オソイは笑っていた。
「シャハハハ……なぜだろうな。お前が強かったからか。この洞窟はわたしの住処。幾多の者がここに入ってきたが、誰一人としてわたしの満足のいく者はおらんかった、ただ一人を除いてな」
「ただ一人……それは誰だ?」
「シャハハハ……その者は、ボンバヘ。まだ若きわたしと戦い、互角だった。わたしとボンバヘの戦いは三日に渡って続いた。最後はお互いが力尽き、引き分けに終わった。あれほど楽しかった戦いは初めてだった」
「ボンバヘ! それは俺の先祖だ」
「……そうだったか。お前はボンバヘの縁の者か。わたしの最後の敵がお前で良かった。これで心置きなく死ねるわ……」
オソイはもう息も絶え絶えだった。
「チュウチュウ……」
「小さき者よ、お前達もよく戦った。わたしと戦えたことを誇りに思うがいい……」
オソイはこの洞窟の主。タダの暴君、殺戮者ではなかった。
弱き者には苛烈だったが、強き相手には敬意を称する生まれついての戦士だったのだろう。
「さらばだ。わたしは死ぬ……誇りある者達と戦えたことをわたしは決して忘れぬ……」
それがオソイの最後の言葉だった。
そして白い悪魔オソイは、永遠の眠りについた。
「さらばだ、誇り高き白い悪魔」
俺がその場を立ち去ろうとした時、何故かオソイの声が聞こえた。
「オソイ!? 死んだはずではなかったのか」
「そうだ。わたしは肉体を失った。今のわたしは魂だけの存在だ……」
なぜ俺にオソイの声が聞こえるのか。
どうやらネズミ達はオソイのことがわからないようだ。
「お前には不思議な力がある。それはお前の持つ不思議な血の力だろう。お前ならわたしの力を使いこなせるやもしれぬ」
俺の不思議な力、それは巫女だったひい婆さんのフンワリ様の力なのかもしれない。
「肉体を捨て、わたしは精霊となった。精霊使いの者よ、わたしはお前の力となろう。わたしの力が必要な時は虹の石に触れ、わたしの名を呼ぶがよい」
オソイの言葉を聞いた俺は、大きな虹の石に触れながらオソイを呼んだ。
「誇り高き洞窟の王。オソイよ、わたしが呼びかけに応えよ」
俺がオソイの名を呼ぶと、目の前に光の柱が現れた。
その光の柱が消えた時、その場には真っ白に光輝くオソイの姿が現れた。
「わが主よ、わたしはオソイ。白き獣……」
「俺の名は『モジャ・モジャ・モッサール・ダ・フロア』だ。オソイよ、わたしが力として戦ってくれ」
「フロア。わが主よ、わたしはお前の力としてこの牙と爪で敵を打ち砕こう」
洞窟の主だったオソイは、俺の精霊としてその魂を契約した。
この洞窟で為すべき事をやり遂げた俺は、虹色に光る大きな石を持ち、洞窟の入り口に向かった。
◆◇◆
フロアさんが洞窟に向かい、一日が過ぎた。
しかし彼は全く戻ってくる様子が無い。
「フロアさん、大丈夫かな」
「あの男、彼なら虹の石持ってくるはず」
サラサさんはフロアさんが強いと認めているようだ。
ボク達も彼を信じて待とう。
そして、ボク達が待ち続けていると、洞窟の奥から大きな虹の石を持ったフロアさんが戻ってきた。
「戻ってきたぞ。虹の石とはこれでいいのか?」
「誇り高き戦士。よく戻ってきた」
サラサさんが虹の石を見てニッコリと笑っていた。