269 カツ丼の結束
ダシに入れた丸いネギは細く切られ、いい感じにしんなりとしていた。
「そのダシ汁を小さくて浅い鍋に入れて、そこに先程の切ったトンカツを入れるんです」
流石は城の台所というべきか。
どのような調理器具でも言えばすぐに、それに当てはまるものが用意された。
「その煮た汁の中に入れたトンカツの上に溶いた玉子を流し込んで、上から蓋をするんです」
辺りにはもう良い匂いが漂ってきた。
これぞトンカツと玉子のハーモニー。
この匂いとグツグツと煮えるトンカツ、最高のシチュエーションだ。
「それが煮えたら今度はそれを山盛りにしたご飯の上に乗せるんです」
料理人は卵を焦がさないように汁と一緒に崩れないようにして、大きなどんぶりの上に煮えたカツと汁を入れてくれた。
「最後に青い刻んだ葉物を散らしたら……完成です!!」
そして……ついに完成した。
異世界で体験する初めてのカツ丼だ。
この城で用意できる最高級の肉、最高級の玉子、それに最高級の米。
これで美味しくないわけがない。
私達は試食用に作ったカツ丼を少しずつ料理人、私、そして厨房を見ていたミクニの三兄妹に分けて食べてみた。
「!!! なんという旨さだ!! こんな料理が存在したとは!!」
「このパンを砕いた粉を高温の灯りの油に沈める料理法なんて、まるで異国か異世界の発想です!!」
「美味い! これならいくらでも食べられそうだ。それに、勝丼とは、勝利の宴に相応しい名前だ!!」
ミクニの三兄妹までもがカツ丼の味にビックリしていた。
料理人達は一度作った料理はいとも容易く再現できたようで、すぐに人数分のカツ丼を用意していた。
そして私が教えたわけでもないのに、パン粉を使った海老フライや、玉子と小麦粉を溶いた野菜の天ぷらまでも油できれいな色に揚げて仕上げていた。
◇
「皆様、こちらが本日の食事になります」
どうにかレベルアップ痛から解放された私を除く全員が。食堂にヨロヨロと歩きながらたどり着いた。
「本日の料理はユカ様が考案した勝丼とその他の料理でございます」
全員が初めて見る料理に驚いていた。
「これ、何なのぉ? 商会でもこんな食べ物見た事ないわぁ」
「オレもいくつもの海を旅したが、どこの郷土料理でもこんなものは見た事無い」
「綺麗な色……これ、本当に食べ物なの?」
「ほう、これは奇妙じゃのう。黄金色の食べ物とな」
どうやらこの世界には、揚げ物の概念は存在しなかったらしい。
今までのミクニの料理や戦場用の保存食に飽きてきていた全員が、初めて見る揚げ物に驚いていた。
「ユカ様はいったいどこでこのような料理を?」
「アハハハハ、なんか前に油の中に物を入れると、美味しそうなものになるって変な夢見たんだよ」
「それは正夢でございます!」
「これって、レストランで出したら間違いなく大流行するねぇ」
ここにいる全員がカツ丼と海老フライや野菜の天ぷらを食べながら美味しさを感じていた。
いいよな、こういうの。
私の前世では、大作ゲームが完成すると、開発スタッフ全員で老舗のカツ丼屋に行ったものだ。
一人で食べても美味しい店なのだが、全員で共通の事をやり遂げて一緒に食べるのがとても美味しかった。
今回はまさにみんなで協力して、魔将軍の一人マデンを倒した。
全員で一つの事をやり遂げた後の一緒の食事だからとても美味しく感じる。
ミクニの米が苦手だと言っていたマイルさんもこのカツ丼は喜んで食べているようだ。
そして全員がとてもいい笑顔で食事ができている。
こういうのを見ると、リーダーやっててよかったなと本当に思える。
「そうだ! 決めましたっ!!」
「?」
リョウドさんが大きな声で発言した。
「マデンを倒し、この国を取り戻せたことを記念して、毎年この日にはこのカツ丼を食べる日にします」
オイオイ、そこまで毎年の記念行事にするほどのもんでもないだろうけど。
「それは良い! 勝つ丼なだけに勝利丼と名付けようぞ!」
なんだかおかしな話になってきた。
まあ私は気にせず、そのままカツ丼を食べ続ける事にした。