250 妖(あやかし)の兄弟
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死んだはずのゴグが言葉を発している。
「クックック、貴様は一番良い選択をしたと思っているようだが、それが最悪の選択だったのだ」
「ゴグ、なぜ生きている!?」
ゴグが起き上がった。
「クックック、ワシらがあの程度で死ぬと思っておるのか、このバカめ!」
「ゴグ、何だその声は!」
ゴグの声が明らかに先程と違った。
とてもおぞましいしゃがれた声で、まるで老人のしゃべり方だ。
「ゴグ! 貴様は一体何者だ!?」
「カッカッカ、若様。世の中には知らない方が良い事もございましたのに……哀れですな」
マゴグが後ろで下卑た笑いをしていた。
「な……何だというのだ!」
「クックック、哀れ大将軍は……野伏に殺められる事になり、逆賊リョウクウは斬首。リョウドはマデン様の傀儡の暗君として、この国に塗炭の苦しみを与える」
ゴグの身体が膨れ上がり、その姿は一つ目の大鬼の姿に変わった。
「リョウカイ殿、貴様の選んだ選択の未来がこれじゃ。貴様はここで哀れな死を迎える事になる」
「貴様ら! 妖か!」
「左様、我らマデン様の忠実なる僕。兄のゴグと弟のマゴグじゃ」
マゴグの姿が禍々しい巨大な骸骨の鎧をまとった鬼武者になった。
「ワシらのこの姿を見て生きておった者はおらん。さあ、覚悟を決めよ」
「くっ! 武士団よ! 妖を討て!!」
しかし、誰一人としてそれに応える者はいなかった。
「無駄じゃ。既にこの辺りは呪いの邪香が焚かれておる。貴様の部下はもうワシらの言いなりじゃ」
武士達は何故か吾輩に刀を向けてきた。
「さあ、部下を斬ってでも生き残って魔道に堕ちるか、それとも誇り高く死を迎えるか。好きに選ぶがよい」
無念だ。
大将軍ともてはやされた挙句、こうなるとは。
吾輩は銘刀海神を投げ捨てた。
「クックック、リョウカイ大将軍は死を選んだ様じゃな。何、安心しろ。貴様の父も妹もすぐ送ってやるから寂しくはあるまい……まあ、弟には暗君として魔道を歩ませるがな」
この国がこんな形で最期を迎えるとは……吾輩は地面を叩いた。
やるせない何処にもぶつけられない怒りがこみ上げてくる。
「ではワシの大斧でそっ首はねてしんぜよう!」
マゴグが丸太のような腕で大斧を持ち上げた。
リョウクウ、先に逝く兄を許せ!
だがお前を殺めずに済んでよかった。
惜しむらくは、民草の笑顔がもう見れぬ事か。
辞世の句すら詠めず散るのが無念だ。
ズガッッ!!!
「!」
激しい音の後、しばらく沈黙があった。
だが、吾輩の首はまだ落ちてはいない。
「ガ……アアァ」
吾輩が目を開くと、目の前には槍にくし刺しになったマゴグの姿があった。
「兄上!!」
この声は……リョウクウか。
「この痴れ者共が……! 汚らわしき妖共よ、冥府に消えるがよい!!」
地の底から響くような、威厳のある声が聞こえてきた。
だが、恐怖は感じない。
むしろとても力強く、頼もしい声だった。
「キ……キサマは!?」
「キサマら如き凡骨に名乗る名は持ち合わせておらぬわ!!」
上空を見上げた吾輩は、自らの目を疑った。
「あれは……龍神様」
「ようー、リョウカイー。無事かー?」
龍神様の背にはユカ殿とカイリ殿達が乗っていた。
「兄上! ここは我らにお任せ下さい!」
「リョウクウ……いったいこれは?」
「話をしている暇は有りません!」
吾輩は地面から銘刀海神を拾った。
ゴグは上空の龍神様を見て怖気づいていた。
「な……何故だ、何故龍神イオリがここにいる。カイダン殿はどうしたというのだ……」
「あの愚か者ならワシが屠ったわ!」
「な、何だと!? ワシらに続くマデン様の僕のカイダン殿を……」
上空にいる龍神様が、ミクニの守護神イオリ様なのか!
「マデンの手下の愚か者共よ、死ぬがよい。貴様らに降伏の余地は無いわ!」
そう言うと龍神イオリ様は地面に沿う形で飛び、ゴグとマゴグの手下をなぎ払った。
なぎ払われた兵達はバラバラに砕け、その妖の擬態が解けていた。
「よう、助けに来たぜー」
「リョウカイさん、大丈夫ですか!!」
その後、地面に降りた龍神イオリ様の背中から、ユカ殿やカイリ殿達が降りてきた。