219 心眼で見よ!
「ユカ坊。其方、『えんとら』といっておったのう。それは性格の悪そうな胸だけやたらとデカい、いけ好かない女の事かいのう?」
「え……イ、……アンさんは大魔女エントラをご存じなんですか?」
その時、アンの頭に小さな石が落ちてきた。
「痛いっ! なんじゃ、いきなり小石が落ちてきよったぞ」
まあ、偶然だろう……。
いくらなんでも大魔女エントラが凄い魔力を持っていたとして、こんな遠方に小石を落とせるほどの力はあるまい。
「知っておるわい、あやつはワ……イオリ様の所にやってきて無礼な事に鱗をくれとほざいておった」
「そうなんですか」
「流石の無礼者にイオリ様も怒髪天を突きおってのう、壮絶な魔力合戦を繰り広げたのじゃ。ほれ、そこから山に大きく風穴が空いているのが見えるであろう」
これが最強レベルの対決の結果なのか。
確かにアンの言う通り、山には大きく削られた大穴が側面に空いていた。
「あれ程ワ……イオリ様を怒らせたのは、アヤツの他には竜王を自称しておった身の程知らずの黒トカゲの『へっくす』の大たわけくらいのもんじゃ。あの姿で龍を名乗るとはおこがましいわい」
「ヘックス? それって伝説の竜王ヘックスの事ですか?」
アンが不機嫌そうな表情で返答した。
「あのクソたわけ、あの狭量で竜王を名乗るなぞ……まさに身の程知らずの愚か者よ」
「そうなんですか」
「うむ、弱き者を助ける器もなく、単に暴れて強さを誇示するだけの者が王を名乗るなぞまさに愚の骨頂じゃ。ワ……イオリ様はヤツの名前を聞くのも不愉快なのじゃ」
大魔女エントラといい、イオリといい、ここまでぼろくそに言われるヘックスとは一体どんなドラゴンなのだろうか?
「そういえば、ユカ坊。其方は随分とミクニの風習に詳しそうじゃな。先程の食事といい、ここまで外つ国の者でミクニの風習が身についておる者は初めてじゃな」
「そうだな、オレもリョウクウに作法を教えてもらっても覚えるのにはかなり時間がかかったからなー。ユカ、おめーはすげーよな」
まあ、元が似た風習の日本から来ているから身についているのだが、そういう話をしても通用するはずがないのでごまかしておこう。
「もしや……ユカ坊は別の世界のミクニに似た国におったとか……流石にそこまで突拍子もない話は無いか……すまん、さっきの話は忘れてほしいのじゃ」
やはり龍は凄い知恵や魔力を持っているのだろう。
この事に気が付いたのは、大魔女エントラ以外にはまだ誰もいなかった。
「もうすぐじゃ。もうすぐ頂上に着くぞ」
私達は一昼夜上り続け、龍哭山の頂上付近に到着した。
その時、突風が吹き荒れ、何匹かの龍が姿を見せた。
「貴様ら! ここは龍神イオリ様の聖域。何人たりとも入る事はまかりならぬ! 即刻立ち去れぃ!!」
私達の前に巨大な龍が門番の様に立ちはだかった。
しかし、アンはその忠告を無視して奥に歩き出した。
「小娘! ここから先は入ってはならぬと言っておろう! 食い殺されたいかっ!」
「ほう……貴様ら、目が曇っておるのう」
「何だと、我らはイオリ様の事を守る守護者、我らを愚弄するという事はイオリ様を愚弄する事であるぞ!!」
イオリは口を大きく開いた龍の顔の前に出て、その髭の根元を手で触れた。
「貴様ら……心眼でものを見る修行を怠ったのう。落第じゃ!」
「何だと、小娘、キサマを食い殺してやる!!」
アンが凄まじい眼力で龍を睨みつけた。
その周りには凄まじい紫のオーラに包まれた空気が漂っていた。
「愚か者……ワシを誰だと思っておるのじゃ」
「!!……ま、まさか……あなた様は!! 申し訳ございません、どうぞお通り下さい!!」
「貴様らには今度しっかり修行をつけてやろう……」
龍に道を譲られた私達は、アンの後ろについて山の頂上付近まで到達した。
私達は山頂を目指し、山を登り続けた。