209 夜の海で
赤い大海獣のいた魔の海域を抜けた私達は、ようやく穏やかな海にたどり着くことができた。
「ハァ、ハァ……助かった……」
みんな疲れ果ててヘトヘトだ。
それでも命があっただけ助かったといえよう。
【紅の大怪獣】
この海域を抜けるには、倒さなくてはいけない神出鬼没の強敵だ。
モンスターはいくつもの頭を持っていた。
霧の中で姿はよく見えなかったが、あれは間違いなく多頭竜のモンスターだ。
「ハーマン……すまねぇ」
カイリがハーマンの頭をなでていた。
ハーマンは黙ったまま、カイリになでられていた。
母親のホセフィーナとは、もう会えないとわかっているのだろう。
「そらよ、海に下ろすぜー」
カイリはハーマンを抱えると海に向かって放り投げた。
海にダイブしたハーマンはその場でグルグル回る形でしばらく泳いでいた。
「みんな、とりあえず海が穏やかなうちに休んでおこう」
私は疲れたみんなに休む事を提案した。
疲労したまま動いてもロクな事がない、ましてやここは海の上だ。
少しの判断ミスで命にかかわるレベルの場所だ。
「そうだな。今日はしっかり休むぜー。野郎どもー、とりあえずは食事だー!」
海賊と船乗り達が釣竿を船底から持ってきた。
釣りには時間がかかった。
だが夕方くらいには全員分の食事になるだけの魚を確保できた。
その中でも役に立ってくれたのが、ハーマン、カイリ、フロアさん、マイルさんだった。
ハーマンは魚の追い込みを、カイリさんは上空からカモメでの魚群の確認を、カイリは潮の流れを変えて魚を集め、マイルさんは茨の呪縛で作った網で魚を捕らえた。
先程の大怪獣との戦闘では役に立てなかったフロアさんとマイルさんの二人だったが、今回の魚捕りでは大活躍を見せてくれた。
これが適材適所というものだろう。
捕れた魚は新鮮なうちにさばき、刺身やカルパッチョや鍋にしてみんなで食べた。
◆◆◆
辺りはすっかり夜になった。
オレは一人、酒瓶を持って甲板に上がった。
見渡す限り何もない海。
真っ暗な中でこの船の雷石の灯りだけが灯っている。
そんな夜の甲板でオレは一人で酒を飲んでいた。
「ピイイイ」
船の横の方から鳴き声が聞こえた、ハーマンだ。
「よー、おめーも一緒に飲るか?」
「ピピイピイ」
ハーマンが返事した。
オレは酒瓶を逆さまにすると、ハーマンにめがけて上からかけてやった。
「つれーよなぁ。目の前で親が死ぬ姿を見るなんてよー。おめーはオレと同じだー」
オレは座り込んでハーマンに話しかけた。
「オレ、確かにポートがオヤジだと聞いても実感はねーんだ。でもなー、やはり目の前で親が死んでいくのを見るってのは辛いもんだぜー」
オレは酒を煽った。
「オレの育てのオヤジ、鯨のエイハブは白い鯨との死闘の末死んだー、あれはおめーやオフクロさんのホセフィーナみたいな真っ白な大鯨だった。多分おめーのオヤジさんだったんだろうなー」
「ピイィ……」
「だがなー、オレはそれを恨んではいない。海に生きる事は戦う事だー。オレのオヤジはおめーのオヤジと相打ちで死んだってだけの事だ。おめーに罪はねーよ。おめーはオレの親友だー」
ハーマンは黙っている。
多分言葉は通じなくても、気持ちはわかってるんだろう。
「ポートがオレのオヤジだって事は、あのマイルは俺にとって妹ってわけだー、でもオレはそれをあいつに言うつもりはねーよ。オレはオレ、大海賊のカイリ様だからなー。それでいいんだよー」
オレは夜更けまでハーマンと海風に吹かれて甲板で佇んでいた。
◆◆◆
あーしはどうも寝付けなかったので外の空気を吸いに甲板に上った。
そこには座って船の下の方のハーマンと会話をしていたカイリがいた。
潮騒が聞こえ、会話はとぎれとぎれだったが、あーしは獣人。
通常よりも耳の聞こえる音は小さくても問題はない。
そして、カイリはとんでもないことを言っていた。
ポートがオヤジ……。
つまり、父さまの子供って事は、カイリはあーしの生き別れたお兄ちゃんだったという事だ!
でもあーしはこの事実を、誰にも言うつもりにはなれなかった。
そしてあーしは再び寝室に向かう為、船の階段を下りて行った。