207 カイリ・メルビルという男
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オレは『カイリ・メルビル』
海の男、鯨のエイハブと呼ばれた『エイハブ・メルビル』の息子だ。
だが、オレのオヤジは本当の親ではなかった。
オレもそれは知っていた。
オレがまだ赤ん坊の海辺で拾われた時、唯一持っていたのが∞の形のリングだった。
それがまさか、大商人といわれたポート・ディスタンスの物だったとは。
「オヤジィ……」
オレの育てのオヤジ、エイハブは白い怪物と戦い相打ちになった。
その時、オレは見習い船乗りみたいなモノで、白い怪物には手も足も出なかった。
オレの持つ豪槍ポチョムキンはオヤジの形見だ。
エイハブのオヤジには色々と教えてもらった。
海の男として生きる事、オヤジは時に怖く、時に優しかった。
だが、オレの本当のオヤジは、今目の前にいるこのポートだった。
隣にいるのはオレのオフクロなんだろう。
どうやらオレは、獣人族の息子らしい。
確かにオレの耳は人とは少し違っていて尻尾があったが、オヤジと手下達はまったく気にしていなかった。
「お頭……」
「テメーら、しんみりした顔するんじゃねーよ、船にあるありったけの花を持って来てくれ!」
オレの手下達は、船にあった花を持って来てくれた。
それでも足りないと思った手下が、紙や布で器用に花を作ってくれた。
船大工は船の補修用の資材で、二人が一緒に入れる棺を作ってくれた。
「オヤジ、オフクロ、陸に埋めてやるのはできねーけど、せめて海に抱かれて眠ってくれ」
オレは手下が作ってくれた棺に二人を棺に入れてやると、その棺を一人で抱えて海に沈めてやった
そしてオレはずっと海を眺め続けた。
今振り返ると、手下にみっともない顔を見せてしまう事になるからだ。
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これはオレがユカ達に話した赤い悪魔の話だった。
だが、オレがオヤジの息子だという事は伝えなかった。
それを言ってしまうと、マイルがオレの事を気にしてしまう。
オレはマイルに憎まれ口を叩かれているくらいがちょうどいい。
まあこれが妹を見守る兄ってとこなのかもなー……。
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赤い悪魔! そいつは何匹もいる海竜のモンスターに違いない!
「カイリさん。話はよく分かりました、ありがとうございます」
「ユカ、あの赤い悪魔に出くわしたらオレに言え。オレのスキルならアイツから逃げる事も出来る。あんなヤツに勝てるなんてー神くらいのもんだー!」
あれだけ海に強い大海賊のカイリですら勝てない赤い怪物、私達はそれに出くわさない事を祈るしかない。
「カイリ……悪かったねぇ。アンタが父さまと母さまを見取ってくれたんだねぇ」
「なーに、気にすんな。オレはその分きちんと報酬をもらっただけだー」
カイリはそう言うと∞の形のリングをマイルさんに見せていた。
「これは……父さまのリング。父さまに昔これと同じ物を、もう一つ持っていたと聞いた事が」
「それで、それはどこにあるってんだー?」
「あーしが生まれる前に船を海賊に襲われた時、生き別れたお兄さまがいたと聞きます。父さまはお兄さまを船に乗せて逃がしたと」
「そうか……生きていると、良いなー」
私はこの二人の会話の不自然さに、何かがあると感じた。
だが今はそれを言う必要は無さそうだ。
時が来ればわかるだろう、間違いなくこの二人は兄妹だ。
それよりも早くミクニに行かなくては。
大魔女エントラが言うに、魔将軍マデンはミクニの国を乗っ取ろうとしている。
リョウカイさんもそれが気になっているのだろう。
冷静に刀の手入れをしているようだが、心ここにあらずといった感じだ。
「お頭ー! きききき霧がー!」
「何だってー!? まさか赤い霧か!」
なんと、辺りを見渡すと知らないうちに、赤い霧が船の全体を覆いこんでいた。