178 鯨のホセフィーナ
お爺さんは語りだした。
「かつて、この自由都市はバレーナ村と呼ばれる小さな漁村じゃった。村人は鯨を捕り、つつましく暮らしておった」
「そうなんですね」
「バレーナ村は別名くじら村、村人は豊富な魚介と必要な時だけ鯨を捕っておったんじゃ」
「必要な時?」
「誰かの婚礼や新年を迎える時、お祝いの時にだけ鯨を捕る事で海と共に生きておったんじゃ」
「それ聞いた事あるわねぇ、自由都市の名物料理が鯨の揚げソース煮だからねぇ」
「じゃが、現皇帝陛下の治世になり、この地は村から自由都市と呼ばれる大都市になった」
「まあここは交易に最適な場所だからねぇ」
お爺さんはその辺に転がっていた細長い木材を杖代わりにして座り込んだ。
「それから後、自由都市となったこの地は信じられない程に発展した、儂らの生活も豊かになったんじゃ」
「ではなぜそんなに悲しそうな顔を?」
「村は海の神の怒りを受けたのじゃ、モービーディックはそんな海の神の怒りの化身なんじゃよ」
「何故……この自由都市は怒りを?」
「海を汚したからじゃ」
私達は何も言えなかった、それは人間の自業自得である。
「ここには昔、可愛らしい子鯨がおったんじゃ。真っ白な彼女は村人達にホセフィーナと名付けられて可愛がられておった」
「白い鯨!? ひょっとしてあのモービーディックの事?」
「さあのう、あの白鯨がホセフィーナかどうかは分からん、じゃがアレはこのバレーナ村が海の神を怒らせた怒りの姿には違いないのじゃ」
困った、あんなのがいるようではいくらカイリが仲間になっても、船を手に入れても、海の外に出ようとすれば間違いなく沈められる。
……ん? 船を出そうとすると沈められる……そうか!
「みんな、ボクには謎が解けた!」
「ユカ様、一体どうしましたか?」
「ボク達に依頼を頼んだ情報屋がいただろう、あの依頼の意味だよ」
「それは?」
「彼は取引を阻止してくれと言っていた、これはつまり船を出させるなという事だ!」
みんなはまだいまいち理由を理解できていないようだ。
「つまりだ! 彼は海に船を出せばモービーディックに沈められると知っていた。実際、シャトー侯爵夫人はモービーディックに食べられてしまった」
「まあ、悪人の末路とは言え、伯母様には哀れな最後ですわね」
「もし奴隷輸送船が海に出ていたら……どうなったと思う?」
「それはぁ……間違いなく全員海に沈むわねぇ」
「そういう事、彼はボク達に船を出させないでくれと言っていたんだ」
ようやくみんなが私の言っている意味を理解してくれたようだった。
「でも、一体何のために?」
「彼は奴隷を助けたかったんだよ、大海賊カイリは商人を皆殺しにしたが奴隷には一切手を出さなかった」
「まさか……!!」
「そう、ボク達に依頼をしたあの男、彼こそが大海賊カイリだったんだ!」
「「「!!」」」」
私達の会話をよそに、エリアは自身の出来る事として奴隷にされていた弱った人達を継続的にレザレクションのスキルで癒していた。
「明日の夕方あの酒場に行こう!」
「そうですね、でもその前に」
「奴隷にされていたフランベルジュ領の人と、お父様のレジデンス領の人達を届けないと」
「そうだね、明日の朝関所に向かおう」
私達は攫われて奴隷にされた領民を元の場所に返す為に自由都市領とフランベルジュ領の関所に向かう事にした。
次の日、私達は大勢の人達を連れて関所に行く準備を終わらせた。
「ユカ様、後始末はお任せ下さいませ!」
「ルーム、お願いね」
「承知致しましたわ! イラプシオン・コルムーナ!」
ルーム魔法で出た火山の噴火に等しい火柱は無人のポディション商会の倉庫街を一瞬で跡形もなく消し去った。
「あースッキリしましたわ」
ひょっとして……ホームって一番怒らせるといけないタイプなのかもしれない。
最強魔法を放ってスッキリしている彼女を見て私はそう思ってしまった。
「……さあ、みんな。関所に向かうよ」