176 白鯨『モービーディック』
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オレは船の屋根裏から移動した。
オバハン貴族の情事なぞ欠片も興味がないからだ。
女ならやはりナイスバディのねーちゃんに限る。
だが今はそんな事を考えている場合ではない。
オレがここに来たのはこの船を沈める為だ。
この船は公爵派貴族のシャトー侯爵夫人の私物だ。
あの女狐は奴隷貿易で手に入れた金を元にこの国をこの船で逃げ出そうとしてる。
オレは海賊だ。
だが、オレの獲物は普通の商船ではない。
オレが狙うのは悪徳貴族と悪徳商人だけだ。
このシャトー侯爵夫人はその中でもクロ、腹の中まで真っ黒な腐れ外道だ。
「さて、お仕事と行きますかー」
「誰だ!? 貴様は、この船がシャトー侯爵夫人様の物と知っておるのか?」
「当然知ってるぜ! 知ってて沈めに来たんだからなー」
オレは腰の幅広の豪剣で船乗りを薙いだ。
数人の胴体と下半身がおさらばだ。
そのまま一人の上半身を掴んで海に投げ入れてやった。
「そのまま魚の餌になってな!」
船乗りがビビりだした。
「なんだ、コイツめちゃくちゃ強いぞ」
「ま……まさか、コイツは……カイリ!?」
「おっと、オレの事を知ってるとはねー、そうだ。オレが大海賊のカイリ様よー」
オレは布に包まれた長物を敵に向けて振るった。
布がはだけ、中からぶっとくて幅の広い槍が出てきた。
「フンッ! オレの事を知っているならこの豪槍ポチョムキンの事も知ってるよなー!」
『豪槍ポチョムキン』オレが昔から使っている相棒だ。
オレのスキル、水面自在を極限まで特化できる海の神の槍、それがこれだ。
「さて、右舷に右巻きの渦巻き、左舷に左巻きの渦巻き。出なっ!」
これが俺のスキルだ、水面の水の流れを自在に操る事、それが出来るのでオレは遭難や難破とは無縁だ。
このスキル、使いようによっては船そのものを止める事も進める事も出来る。
オレはこのスキルでこのクソッタレな侯爵夫人の船を止めた。
「さて、お前らはここでくたばりなっ!!」
豪槍ポチョムキン、これを高く掲げたオレは雄たけびを上げた!
「ウオオオオオオオオォォォォォォォオオオオ!!」
ポチョムキンを構えたオレはマストにポチョムキンを突き立てて足だけでジャンプしながらよじ登った。
そしてマストの上部から飛び降りながら何度も旋回させたポチョムキンを船の甲板に叩きつけた。
「オラアアアアア!!」
オレの一撃は船に凄まじい衝撃を与え、侯爵夫人の船は半分にぶった切られた。
「うわあああっ」
「助けてくれー」
ぶった切られた船が斜めに傾き、中に乗っていた船乗りたちが次々に海に落ちていった。
「おっと、コイツらは助けてやらないとなっ!」
おれは投網を使い、半裸と全裸の奴隷達を助けてやった。
オレの小舟はこの船の近くに渦を操って固定させている。
「なんじゃ、これは?? 妾の船が……ええい、他の者はどうでもいい。脱出の小舟はどこじゃ!?」
「夫人様、こちらにお乗りください」
「くそっ、貴様らはどけ」
シャトー侯爵夫人は脱出艇に乗っていた船乗りを数人叩き落として自分だけが広いスペースに座っていた。
「早く船を動かさんか、このクズ!!」
シャトー侯爵夫人は下僕に命じ、沖合から港に小舟を戻すように喚いていた。
だが、海にとてつもない異変が起きたのだ。
「夫人様、船が動きません」
「なんじゃと、ふざけた事を言っておると死刑にするぞ!」
「あ……アレは何だ!??」
脱出艇の下に黒い巨大な影が現れた。
その影は小山のように盛り上がると、その闇にも光る真っ白な巨体を浮かび上がらせた。
『モービーディック』
伝説に伝わる巨大な深海の魔物の名前である。
「ヒエエエエエエあああああ!! 助け……助けるのじゃああ」
だが、シャトー侯爵夫人の乗った脱出艇は、モービーディックの巨体に打ち砕かれ、彼女は自らの下僕もろともモービーディックに餌としてズタズタに噛み砕かれて飲み込まれてしまった。