174 もう一人の転生者
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奴隷輸送船の見える小高い丘に一つの豪華な馬車があった。
その中にいるのは若い女。
女は馬車の中で自分の爪をネイルアートにしていた。
「さて、そろそろ取引は終わったの?」
女はネイルアートの合間にこの世界にはほとんど存在しない特注の双眼鏡で様子を見ていた。
「何アレ? アタシの船のマストが折れてるじゃない! それに何故船が土に囲まれてるの?」
女はまずありえない光景に驚いていた。
「ヒ、ヒロ様。大変です」
「アンタは、フィートね。何が大変なのよ!?」
「ヘクタール領が壊滅しました。公爵派貴族は全員逃走中です」
ヒロと呼ばれた女はその報告を聞いてネイルの模様をミスした。
「それで、アンタはそれを見捨てて逃げてきたってワケね」
「自分がカンポに与えた水利権もユカに潰されました、死人カズラの魔薬もユカの仲間に浄化されてしまい村は村人の物にもどってしまいました」
「そう、ご苦労さん」
ヒロは握手をするように手を出した。
「ヒロ様、ありがとうございます」
ヒロはにっこり笑った。
そしてフィートが手を出してヒロの手を握った瞬間、フィートの体に異変が起きた。
「あ、オレの身体が!? 金……に!???」
なんと、ヒロが手を握った瞬間……ヒロの右手の指輪が光り、フィートの全身が服も含めて全部黄金に変わり始めた。
「アタシ、役立たずって嫌い。それならまだ黄金の方が売って金になるわ」
「ア……アア」
それがフィートの最後の言葉だった。
そして全身が金の塊になったフィートはヒロの蹴りで粉々に砕けた。
「センスの悪い男の像より砕いてインゴットにした方が価値あるのよ」
ヒロには罪悪感は皆無だ。
この女の名前は『ヒロ・ポディション』
現在国内最大の商会、ポディション商会の若き女会長である。
彼女が持っていた指輪はSS級アイテムの『マイダスリング』
魔力を使って対象物に触れる事で触れた物を全て黄金にする事が出来る至宝だ。
フィートはこのマイダスリングの魔力で黄金の塊にされてしまった。
「気に入らないわ、アタシの計画を全部ぶち壊しにするなんて」
彼女の計画とは公爵派の悪徳貴族を使った金儲けの事である。
実はヒロは現代日本からの転生者。
現在社会では法律で禁忌と呼ばれるようなものがこの世界ではまだ法律等で禁止されていない。
そこでヒロは、貴族なら何をしても咎められない事を使い、幼いころから公爵派貴族にありとあらゆる現代社会の利権の作り方を教えるコンサルタントをしていた。
魔法陣によるエネルギープラント利権、奴隷売買のシステム化、魔薬のネズミ講、宗教による心の支えを奪う方法、どれもヒロが教えた物だ。
その以前から貴族の横暴は酷い物だったが、それがシステム化した悪徳商売のグループ化、システム化されたのは彼女の現在社会のノウハウだった。
彼女はなぜこんな邪悪なシステムをこの世界に広めたのか?
それは彼女にしか理解できないだろう。
「許さない……アタシの邪魔をするものは全て」
そして双眼鏡を見ていた彼女はその中に写った人物を見て憤り、黄金に変化した双眼鏡を下に叩き落とした。
「マイル……まだ生きてやがったのか」
ヒロはマイルの姿を見て憤怒の形相になった。
マイルはディスタンス商会を乗っ取った事により、大嫌いなマイルが路頭に迷いのたれ死んだものだと思い込んでいたのだ。
「アタシの計画を全部ジャマしたのがアイツだったのか、許さない」
ヒロは少し考えこむと従者に命令をした。
「ここは捨てる、一度家に戻るよ」
「承知致しました、ではあの船は?」
「全部潰せ。欠片も証拠を残すな、奴隷もろとも皆殺しにして船自体を焼け」
彼女は船にかけた保険で証拠隠滅と大金確保の二つを同時に実行しようとしていた。
怒っているようでも冷静冷徹な経営者、それがヒロという女である。