172 船の中の寝室
◆◆◆
「さぁて、アイツらどれくらいやってくれたかねー」
港の高台に一人の男がいた。
彼は高身長に無精ひげ、顔には傷がある男だった。
見るからに歴戦の戦士。
いや、戦士というには少し違うかもしれない。
その男は背中に巨大な細長い布で包まれた棒を持っていた。
そう、彼はユカ達に奴隷取引を潰してくれと依頼していた男だ。
「おや? もう出発の時刻なのに船が港から出ていない、これはどういう事かなー?」
男は自分用の小舟を用意していたのだ。
この船であの奴隷取引の船に乗りこむつもりだったらしい。
「オレの船が今使えないからなー。もし使えてたらあんな連中一ひねりだったんだがなー」
どうやら彼は何かの理由で自身の船が使えないらしい。
この男、一体何者なのだろうか?
「まあいい、アイツらうまくやってくれたと信じるかなー、さて、オレは女狐退治と行きますかー!」
男は素早く港の埠頭近くに走った。
そこには無駄に豪華な馬車があった、シャトー侯爵夫人の馬車である。
「でりゃあぁー!」
男は手に持っていた幅広の豪剣で馬車の軸を叩き切った。
軸を叩き切られた馬車は斜めに傾き、横転した。
「これで陸路の逃げ道は潰した、後は海の逃げ道の方だな」
「誰だ!?」
「黙って寝とけや、ダボがーっ!」
男は見張りの男をパンチ一発で気絶させた。
「無駄な手間を取らせんじゃねーよ」
シャトー侯爵夫人の見張りを倒した男は埠頭の方に走った。
◆
「一体どうなっておる? 船が動かんではないか」
「それが、ヴェッソー様、どうも何かトラブルがあったようで」
「不愉快じゃ、妾を不愉快にさせるとは、死刑に値するぞえ」
シャトー侯爵夫人は不快感を露わにしていた。
何故ならこの奴隷輸送船が動いた後に彼女の所有する船が到着する予定だったからだ。
ゴーティ伯爵による伝書鳩は、国内の腐敗貴族による奴隷貿易の決定的な証拠となっていた。
その為奴隷貿易の元締めの一人である彼女は、今回の奴隷売買の金を元にして、懇意にしているミクニの貴族のマデンを頼り国外逃亡を企てていたのだ。
だが、その国外逃亡のはずの船が到着しない、何故ならその船はかなりの大きさであり、埠頭でも停泊できるのがこの場所でしかないからだ。
それなのに埠頭の奴隷運搬船は全く動こうともしないのである。
シャトー侯爵夫人の機嫌は最悪だった。
「ええい、もうよい。ここで無くとも船はおけるじゃろうて、早う船をつけんか!」
「しかしながら、この場所以外では船が危険かと、もし貴女様に怪我でもあろうものなら私等が処罰されます」
「黙れ、口答えするのか。妾がやれと言えば返事は一つ、ハイだけじゃ」
彼女の下僕は仕方なく船を埠頭の別の桟橋に呼ぶ事にした。
◆
「あの女狐、相変わらずのクズっぷりだなー。反吐が出るぜっ」
男はシャトー侯爵夫人の呼んだ船のそばに小舟をつけ、密かに船の中に入り込んだ。
船の中は無駄に豪華な造りになっており、その内部は一流のホテル顔負けであった。
男はその中の寝室の屋根の上に隠れた。
船の中にシャトー侯爵夫人が入ってきた、そして彼女はすぐに寝室に奴隷数人を連れて入ってきたのである。
「お前達は妾の奴隷じゃ。さあ、妾に奉仕するがよい」
夫人は靴を脱ぐと裸足を少年の前に突き出した。
「舐めるのじゃ、丹念にな」
「……はい」
半裸の奴隷は二人がかりでシャトー侯爵夫人の足を舐め始めた。
彼女はうっとりした表情で二人の奴隷を眺めていた。
「フフフ、美しいとは神の与えた祝福。そしてそれを穢すのも神の子たる妾の特権じゃ」
夫人は足を舐めていた少年の一人をいきなり蹴り飛ばした。
少年は転倒し、口の中を切ってしまった。
「おお、汚らわしい。赤い血じゃ、所詮は下賤の者。美しくとも中身は妾とはかけ離れておるわ」
シャトー侯爵夫人が奴隷を嗜虐し始めた頃、船は埠頭から離れて沖合に出ようとしていた。