170 埠頭の侯爵夫人
次の日の夕方、私達は埠頭の近くで様子を見る事にした。
午後からの船の積み下ろしが終わり、船が国外を目指して出発する、これがこの自由都市の夕方の普段見られる光景らしい。
だが、最後の船が出た途端、物々しい警備の連中が増えてきた。
「あの大型の荷馬車のマーク、あれはポディション商会のものだねぇ」
「マイルさん、わかるんですか?」
「ああ、あれはぁ間違いなくポディション商会のマークだよ」
その荷馬車からは如何にも厳つい連中が降りてきた、どう見ても堅気でなさそうな風貌の連中ばかりだ。
連中は如何にもといった感じで辺りを見回していた。
「どうやらアレは奴隷取引の用心棒といったところでしょうね」
「そうだね、今は様子見だね」
その後ろから別の大型の荷馬車が何台も到着した。馬車は檻のように作られており、中には何十人といった奴隷が乗せられていた。
奴隷はみんなボロボロの服装でやせ細っており、中には獣人もいた。
荷馬車から降ろされた奴隷は手枷をつけられたまま鎖で繋がれて列に並ばされていた。
「……酷い」
「私許せませんわ!」
「ルーム、今はまだ落ち着いて……」
ホームは冷静だったがその目には確実に燃え滾る怒りが映っていた。
日が落ちてあたりが暗くなった頃、埠頭には場違いな豪華な馬車が到着した。
馬車からは如何にもといった上流層の貴族の女が降りてきた。
その顔はゴーティ伯爵そっくりの女性、シャトー侯爵夫人だった。
「シャトー侯爵夫人、お待ちしておりました」
「誰か、この無能を処分おし」
「何故!? わたしが何をしたと言うのですか??」
「愚か者、ここでの私の名前はヴェッソー様と呼びなさいと言っておるだろうが、誰か、この愚か者を始末おし!」
「はっ!」
男が剣で首を刎ね飛ばされた。
男の首はコロコロと転がり、奴隷たちの所に転がった。
「ヒイイイイイイ!!」
「助けて、助けて―!!」
泣き出した奴隷を屈強な髭面の男が鞭で打ち据えた。
「誰が泣いていいといった! お前らは奴隷なんだ、感情を捨てろ! ご主人様のいう事は絶対だ!!」
男は笑いながら奴隷を叩いていた。
だが、そんな男が今度は後ろから剣で刺し殺された。
「バカが、商品に無駄に傷をつける無能は死ね」
ここでは命の重さは塩の袋よりも軽い。
奴隷の価値はその程度だ、いや、コイツらにとっての人間の価値というべきか。
「ヴェッソー様、お見苦しい物をお見せ致して申し訳御座いません」
「フン、いつもの物は用意できておるのか?」
「ハイ、お眼鏡に適うかとは」
奴隷の中から数人の男と子供が連れ出された。
「いかがでしょうか? 器量良しだけを選りすぐっておりますのでヴェッソー様のお気に入りになるかとは思われます」
「この間の奴隷、全然使えなかったわ。きちんと身体検査したの? すぐ壊れたので処分代として、バスラ伯爵に無駄に金を使う事になりましたわよ」
「ハイ、今度のは全員調教済みです、アレのサイズもきちんとお眼鏡に適うかと」
「フフフ、そうか。では顔を見せてもらおうか」
シャトー侯爵夫人は、どうやらここではゴーティ伯爵の亡くなった妻、ヴェッソーの名前を使っているらしい。
この事を知ったホームとルームがぶつけられない怒りをため込んで、普段見せない程厳しい顔をしていた。
これ程心底怒っている二人を見たのは初めてだ。
「……」
「……」
二人共、今はとても声をかけられる状態ではなさそうだ。
そして黒塗りの窓のない国外の船が埠頭に到着した。
船には城門を思わせるほど巨大な吊り式の扉があり、その扉が下に倒れてきて桟橋になった。
「みんな、ここで下手に戦ったら奴隷にされている人達に犠牲者が出る。一旦船に全員乗せるんだ」
「でもユカ、それだとぉ国外に逃げられたらもう何もできなくなるよ!」
「大丈夫、ボクを信じてくれ!」
シャトー侯爵夫人に選ばれた以外の奴隷は、全員が船に乗せられる事になった。




